2020年10月25日日曜日

コロナ禍に手も足も出せない分散型無機エネルギー観

コロナ禍が今や脅かそうとしている、工業現波の「時代識知」を推測しています。

現代の「科学」を構成している、3つの主要要素のうち、3番めに「分散型無機エネルギー観」について考えてみましょう。

人類のエネルギー観を振り返ると、

石器前波の「ディナミズム(dynamism):動態生命観」、

石器後波の「インモータリズム(immortalism):生死超越観」、

農業前波の「リレーショナズム(relationalism):万物関係観)」、

農業後波の「インテグレーショニズム(integrationism)=万物統合観」

といった識知観の中に、人間社会を動かす、基本的なエネルギー観を読み取ることができます。いずれも宇宙エネルギーを動植物を媒介として、有機的に利用する識知でした。

しかし、工業現波のエネルギー観は、【コロナ禍が壊す生産構造とは・・・:2020年8月3日】の①でも指摘したように、「要素還元主義」に基づく「分散型無機エネルギー観」とでもいうべきものでした。

モノを動かす力を物理学的な「エネルギー」とみなす発想は、15世紀イタリア・ルネサンスの巨匠、レオナルド・ダ・ビンチ(L. da Vinci)の梃や滑車の活用研究を基礎に、16世紀末から17世紀初頭、ドイツのケプラー(J.Kepler)、イタリアのガリレイ(G.Galilei)らによる力学や天体運動に関する研究を経て、フランスのデカルト(R.Descartes)が主張した「運動量保存の法則」によって体系化されました。

デカルト派の主張した「力の測度は運動の量である」との理論に対し、ドイツのライプニッツ(G. W. Leibniz)は「活力」であると主張したため、18世紀半ばまで論争が続きましたが、フランスのダランベール(J.L.R.d'Alembert)らによって決着がつけられ、19世紀初頭、イギリスのヤング(T. Young)が「活力」を初めて「Energy」と名づけました。

こうした理論展開に裏付けられ、19世紀に産業革命がヨーロッパ全体に広がると、蒸気機関の普及と鉄道の発達が、エネルギー転換装置の典型として認知されるようになり、熱力学が成立します。さらに化学や生物学でもエネルギー転換に関心が高まり、電磁気学の成立によって、「エネルギー保存の法則」も生まれました。

かくして19世紀中葉に物理学で確立されたエネルギー概念は、力学的エネルギー、熱エネルギー、電磁気的エネルギーなどを統一的にとらえるようになりました。初期の蒸気機関では、熱源として薪や石炭が用いられていましたが、19世紀後半にアメリカで石油が発見され、精製技術が発達するとともに 徐々に石油や天然ガスの比重が高まってきました。

20世紀に入って、エネルギー概念が普遍的かつ基本的な自然法則として維持されるようになると、より直接的に熱エネルギーを力学的エネルギーへ変換する内燃機関(エンジンなど)の動力が発達し、さらに蒸気機関や内燃機関で得られる力学的エネルギーを電気エネルギーへと変換する電気動力(モーターなど)も急速に発展しました。

20世紀中葉に至ると、核分裂エネルギーが登場しました。これは蒸気機関や内燃機関が化学物質の燃焼であるのに対し、核分裂反応の利用によって莫大なエネルギーを取り出すことを可能とするもので、原子力発電として用いられるようになりました。

さらに1980年代からは、核分裂よりも大きなエネルギーが得られる核融合が研究されています。放射線や放射性廃棄物を生み出すものの、核分裂よりもリスクが少ないため、核融合炉などによる発電用途に向けて、実用化の研究開発が進められています。これは科学という識知が把握した世界像、つまり太陽を初めとする宇宙のエネルギー源を、人類の手で直接生み出し、熱源として利用しようとする発想といえるでしょう。

以上のように、工業現波の世界では、物理学がリードする諸科学に基づいて、さまざまな無機エネルギーが利用されています。まさに分散型エネルギー構造ともいえるものです。



しかし、その限界も多方面に現れ始めています。1970年代以降、化石燃料系は大気汚染を引き起こし、また核燃料系は高濃度放射能を拡散させるなど、地球環境や生活環境を破壊する恐れも高まって、さらなる拡大には懸念が生じています。

また、石油や天然ガスは、21世紀中に枯渇に向かい始め、200〜300年程度は可能と言われてきた石炭もまた、22世紀には供給量がピークとなるなど、22世紀には化石燃料の資源枯渇が予想されています。

このため、風力、太陽光など自然系エネルギーに再び注目が集まっています。二酸化炭素などの環境汚染物質をほとんど出さず、継続的に利用可能であることから再生可能エネルギーとよばれていますが、未だシェアは広がっていません。

さらに地熱、波力、海洋温度差などの無機系エネルギーに、有機系のバイオマス燃料を加えて、さまざまな研究開発が進められてはいますが、未だ実用化するまでには至っていません。

こうしてみると、工業現波を支えているエネルギー発想の基本は、宇宙エネルギーを蓄積した鉱物を物理学的、多角的に利用しようとする「分散型無機エネルギー観」といえるでしょう。

今回のコロナ禍が問いかけているのは、無機的発想が生物的・有機的な障害にどこまで対応できるのかという、宇宙・人類観への反省だったのかもしれません。

2020年10月10日土曜日

コロナ禍で露呈した専門家の限界

コロナ禍が今や脅かそうとしている、工業現波の「時代識知」を推測しています。

現代の「科学」を構成している、3つの主要要素のうち、2番めに「要素還元主義」について考えてみましょう。

工業現波を主導している近代科学は「要素還元主義」を基盤にしています。

この主義は、近代科学の祖といわれるルネ・デカルト(René Descartes)の思想をベースにして、近代科学の父ともよばれるアイザック・ニュートン(Isaac Newton)が展開した識知観です。



基本となる観点は、全体は要素の集合から構成されているという前提に立って、さまざまな方法で対象を細かく「分析」してゆけば、最終的には全体が明らかになる、というものです。

この主義によって、私たちを取り巻く環境は頭脳内の観念で把握できる、という革命的な方法論が生み出され、さまざまな分野で科学と応用技術が結びついて、学問や産業の繁栄をもたらしました。

確かに物理学や統計学などで進められた、自然現象の理念化は、生物学、医学、農学、工学などにも応用され、驚異的な発展を導きました。

この分野の成功が著しかったため、要素還元主義という観点は自然科学から他の分野へも広がり、瞬く間に工業現波の基盤的識知観となりました。

いかなるものもまずは細分化するという「分析」思考法によって、私たちの思考方法もまた細かく「分断」され、「科学」という名称のもとに、自然科学、社会科学、人文科学に大別されたうえ、さらに幾つかに分けられました。

自然科学は物理学、化学、生物学、天文学、地球科学などの「理学」系や医学、農学、工学などの「応用科学」系に、社会科学は政治学、法学、経済学、経営学、社会学、社会福祉学などに、人文科学は哲学、言語学、倫理学、歴史学、地理学、心理学、教育学、文化人類学などに、それぞれ分割されています。

その結果、さまざまな学問分野では専門化や深耕化が著しく進行し、高度な成果を生み出すようになったのは確かなことです。

しかし、その一方では、さまざまな自然現象や社会現象に対して、極めて狭い視野でしか対応できない、という傾向も生み出しました。

例えば、望ましい未来社会を考えようとする時、経済学、社会学、法学、行政学など個々の視点から考えざるをえなくなっています。学際的とかシステマテイックとかいう場合も、統計学や数学的視点に利き足をずらしているにすぎません。

要するに、「分析」主義から「分断」主義への移行なのです。工業現波を生きる、私たちの知性とは、細かく分断された観点の中で、それぞれの理想を考えつつも、それらを全体的に統合できない、という隘路に陥っているのです。

もっとも、要素還元主義の原点には、細かく「分析」してゆけば、最終的には全体が明らかになるという「統合」視点が含まれていたはずです。

ところが、「分析」視点だけが図らずも膨張した結果、「統合」視点はいつしか忘れられ、跛行的な結果を招いている、ともいえます。

このため、「分断」主義を超えようと、これまでにも、言語主義的統一や還元主義的統一をめざす「統一科学」論、システム的な統合論といった反省も繰り返し提案されてきましたが、いずれも挫折しています。詳細は別の機会に譲りますが、物理学的言語観自体の狭隘さや「システム」観の誤解などによるものです。

以上のように、近代科学を支える基本要素、「要素還元主義」は、私たちの暮らしや社会を支えてはいるものの、全体がどうなっているのか、どこに向かっているのか、などを明確に提示できないという限界に突き当たっているのです。

今回のコロナ禍対応で散見された専門家といわれる人々の偏狭さ、幼稚さ、説明力・言語力不足などは、まさしく専門化・分断化しすぎた学問の欠陥を露呈したものといえるでしょう。

2020年10月3日土曜日

コロナ禍に対応できない数理思考

現代の「科学」を構成している、3つの主要要素のうち、最初に「数理思考」について考えてみましょう。

まず問題提起をしておきます。今回のコロナ禍で突然躍り出た言葉に「実効再生産数」があります。「1人の感染者が平均して何人に感染させるか」を表す指標です。

統計学者などからは「数学用語の拡散だ!」と自慢する動きもありますが、一般市民にとってはどこか違和感が漂います。「生産」という日本語の肯定語感を、「感染」という否定語感に使っているからです。

この言葉は「effective reproductive number」という英語の翻訳で、「reproductive」を日本語に直訳すれば、確かに「再生産」です。

英語圏の統計学者が、生物学の用語を安易に援用して「reproductive」を使い、なぜ「reinfection(再感染)」を使わなかったのか、疑問も残ります。

だが、日本語でもちょっと英和辞書を手繰ってみれば、「reproductive」には「複製、複写」や「再生、再現」の翻訳語もあり、語意を鑑みれば 「感染、伝染」と意訳することもできるはずです。

つまり、「実効再“生産”数」ではなく、「実効再“感染”数」と訳すべきなのです。

この訳語であれば、それが意味するところは、より広く日本人の間に伝わったでしょう。

にもかかわらず、統計学者はもとより、医学関係者からも何の指摘もありません。伝達を使命とするはずのマスメディアでさえ、なんの配慮もなく使用しています。

さらに問題なのは、送り手だけでなく受け手の私たちまでが、いかなる批判もそれなりの抗議もせず、唯々諾々と受け入れていることです。

ここに数理思考の驕りがあります。否、数学や統計学などを基盤とする数学的認知観の危機が潜んでいると思います。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

数学は、物を数えたり測ったりする、数・量に関する識知活動として、古代のエジプト数学,バビロニア数学,ギリシア数学,アラビア数学などで始まり、中世においても西洋数学,インド数学,中国数学,日本の数学 (和算) などで、それぞれ独自の発展を遂げてきました。

15~16世紀に近代が始まると、これらの中から、西洋数学が物理学や天文学などと連携して急速に発展し、自然現象を解明する、最も基本的な学問となりました。

日本では、江戸時代初期に独自の数学「和算」が生まれ、後期までに多彩な発展をとげてきました。しかし、幕末期に至り、天文学や暦学を始め、砲術、築城術、造船術などを通じて、西洋数学が紹介されたため、明治維新後の明治5年(1872)の学制公布で初等教育の数学を西洋数学に定め、和算から洋算への移行が比較的スムーズに行われました。

こうして西洋数学という学問は、洋の東西を問わず、自然現象の解明はもとより、経済現象や社会現象一般にまで応用され、工業現波の時代識知の中核として位置づけられるようになっています。

しかし、冒頭で述べた通り、その限界もまた見え始めています。

「数字」という観念もまた、自然言語と同様に、人間の「身分け」が捉えた事物などを「言分け」によって特定する記号の一種であり、「数理言語」とよぶことができます。

言語学によると、記号とはシニフィアン(signifiant:意味するもの:音声)とシニフィエ(signifié:意味されるもの:意味内容)の一体化したものです。

数理言語でいえば、1.2.3という音声記号=シニフィアンは、●、●●、●●●というイメージ=シニフィエを表しているのです。

この時、言語学では、一つのシニフィアンが一つのシニフィエと、どのように結びついているかを考える「セマンティクス(semantics:意味論・表象論)」と、いかなる形で結びつくかという「シンタックス(syntax:統辞論・文法論)」の、2面性を考えています。

個々の数字の意味するものと、それらがいかに結びついているか、という両面性です。

前者は「1や2が何を示しているか」という「意味」であり、後者は「1+2は3になる」という「論理」です。

数学は、自然言語に加えて、このような数理言語を創造したことで、人類の思考方法を飛躍的に進展させました。

とりわけ「身分け」できる範囲でしか捉えられなかった世界を、「数字」という「言分け」方法で捉え直し、さらに「数学」という「論理」によって考察することを可能にしたからです。

物理学者の中谷宇吉郎が「基本的な自然現象の知識を、数学に翻訳すると、あとは数学という人間の頭脳使って、この知識を整理したり、発展させたりすることができる。したがって個人の頭脳ではとうてい到達し得られないところまで、人間の思考を導いていってくれる。そこにほんとうの意味での数学の大切さがある。」(『科学の方法』1958,P121)と述べているとおりです。

だが、そこにこそ限界があるようです。中谷は続けて、次のように述べています。

「1つ注意すべきことは、今日の科学は数学を使う関係上、量の科学にいちじるしく傾いている。形も科学の対称になり得るものであるが、今日の科学の中には形の問題はほとんどはいっていない。」(同:P195)

要するに、どれだけ詳細かつ精密な数式を使った思考とはいえ、それ自体が人間の「言分け」活動の一つにすぎない、ということです。公式や定理という数学的論理もまた、「言分け」が創り出したシンタックスの一つなのです。

そうなると、数理思考や数理的識知の限界点が見えてきます。詳しく論述すると、今回のテーマを超えてしまいますので、とりあえず限界事項を列記しておきましょう。

①「身分け」能力で把握している限りでの世界を、数字というデータで「言分け」した世界にもまた、数字で捉えられない事物については排除するという、二重の排除性が潜んでいる。

②数理言語という統辞ルールの中で展開される計算やシミュレーションは、現実世界の一部を抽象化した部分的論理にすぎず、全体を見通しているわけではない。

③「身分け」能力が直観的に把握した現象を、数理という「言分け」能力で改めて把握しているが故に、データ的理解が直観的理解に勝るとは限らない。

④数学を基盤とする「システム思考」もまた、網目状の思考法であり、より全体に接近する「ストラクチャー思考」の細胞的な思考法には到達していない。

⑤極度の専門化による偏狭性ゆえに、自然言語との乖離が広がり、表現力が衰えている。

以上のような問題点を無視して、数学や統計学的な思考方法こそ唯一の科学的態度だという思い込み自体が、科学という時代識知の限界を示唆しているといえるでしょう。

コロナ禍が衝いているのは、その一端なのです。

2020年9月21日月曜日

コロナ禍に現代科学は対応できるのか?

黒死病が壊した農業後波の「生産・社会・識知構造」を先例に、コロナ禍が今や脅かそうとしている工業現波の「生産・社会・識知構造」を推測しています。

「生産構造」「社会構造」と述べてきましたので、いよいよ「識知構造」です。

工業現波の「生産・社会構造」を創り上げてきた主因は、おそらく「科学」という時代識知であった、と思います。

「科学」という日本語は、明治時代に science という英語が入ってきた際、啓蒙思想家の西周が当てた訳語だ、といわれています。

元々のscienceは、ラテン語のスキエンティア(scientia:知識全般)から生まれた言葉で、まずはフランス語に取り入れられ、続いて英語に採用されました。

人類は太古の昔から、自分たちをとりまく自然現象や自らの身体構造などへ関心を抱き、古代オリエント、古代インド、古代中国などの文明圏では、これらを説明するための知識や経験を蓄積し、「学」として体系化してきました。

時代が下るにつれ、古代ギリシアと古代ローマでは自然哲学が深まり、中世になるとイスラム科学が勃興して、それぞれ後世に大きな影響力を残しています。

16~17世紀のヨーロッパで、いわゆる「科学革命」(Scientific Revolution:H.バターフィールドの提唱)がおきると、Scienceの意味は大きく変わりました。

それまでは、体系化された知識や経験の総称、つまり「知識全般」を意味する言葉として用いられてきました。

しかし、その後は、一定の目的や方法のもとにさまざまな事象を研究し、そこで得られた認識を体系的な知識とする「知的営為」を意味するようになりました。

この時期に起こった革命は、ポーランドのコペルニクス(M.Kopernik)による宇宙観の変革、つまり天動説から地動説への転換から始まり、ドイツのケプラー(J.Kepler)、フランスのデカルト(R.Descartes)、イタリアのガリレイ(G.Galilei)、イングランドのニュートン(I.Newton)らにより達成されました。

コペルニクスは1543年、「惑星は太陽を中心とする円軌道上を公転する」という地動説を唱え、それを継承したケプラーは1609年、「天動説より地動説の方がより精密に惑星の運行を計算できる」ことを明示しました。

またガリレイは1604年に自由落下運動の法則などの力学的な発見を行い、それまでの目的論的自然観(物体がそれぞれの目的に向かって運動するというアリストテレス的な自然観)に変更を迫りました。

1633年、デカルトは、三試論(光学、気象学、幾何学)の序文として『方法序説』を提唱しました。

これらを継承したニュートンは1687年に万有引力の法則を発見し、近代的な機械論的自然観への道を開きました。

以上のような知識革命で、それまで神(天)と地を二分してきたキリスト教的世界観が覆された結果、数多くの技術革新が推進され、産業革命へと繋がっていきました。

1730年代に紡績機から始まった産業革命は、1750年代以降に各国へ広がり、1850年代からは蒸気機関を軸とした鉄道の建設や鋼鉄の拡大、1890年代からは電気・化学・自動車の浸透、1970年代からはICT(情報通信技術)やバイオテクノロジーなどの進展と、次々に新技術を生み出してきました。

しかし、1990年代を超えるあたりから、地球環境問題の激化、災害・事故への対応不能、軍事応用の拡大などが広がるにつれて、その限界が見えてきました。

なぜそうなったのか、さまざまな背景を考えてみると、「科学」という時代識知そのものの限界が浮かび上がってくるようです。

●要素還元主義の限界・・・
近代哲学の祖デカルトと近代科学の父ニュートンが展開した「要素還元主義」は、全体は要素の集合から構成されているという前提に立って、さまざまな分析を行えば、究極的には全体の理解に及ぶという思考方法を生み出しました。

この発想によって、科学と応用技術が多彩な次元で結びつけられ、学問と産業の繁栄がもたらされましたが、それが行き過ぎて、あまりにも専門分化しすぎた結果、全体を見失うという弱点が露呈してきました。

●記号・数字的思考の限界・・・
「身分け」できる範囲内での自然現象しか分析できないという、人間の思考限界を突破するため、「数字」や「記号」を応用することで数学や物理学・化学などを発展させてきました。

しかし、あまりにもそれらの多用によって、量だけの科学に傾いた結果、形、質、全体などを把握することが困難になってきました。

●科学万能主義の限界・・・
科学は自然の実態を探るという建前にもかかわらず、その実態は人間の利益に役立つか否かという視点から、自然の姿を追求しています。

それゆえ、科学やそれに基づく技術は、人類の生活や生産力を大きく向上させはしましたが、他方では、理解力を超える災害や予測不能な事故などに出会うと、より大きな災厄を生みだす、という二面性を内在させています。

あるいはあまりにも肥大化し、あらゆる分野の知識基礎となった結果、人間の思考能力にさまざまな制約を与え始めています。

以上のような限界状況は薄々自覚され、批判的な論文や警告的な書籍なども幾つか出されていますが、未だ正論となるまでには至っていません。

しかし、今回のコロナ禍によって、感染予測の不可能性、対応施策の不十分性、関連科学の脆弱性などが露呈され、「科学」という時代識知そのものの限界が暗示されました。

2020年9月14日月曜日

コロナ禍に対応できない国際組織!

黒死病が壊した農業後波の「生産・社会・識知構造」を先例に、コロナ禍が今や脅かそうとしている工業現波の「生産・社会・識知構造」を推測しています。

今回は「社会構造」の「国家連合制」で、具体的には「国際連合」です。






国際機関の歴史を振り返ってみると、19世紀前半、1815年のウィーン会議によるライン航行中央委員会、1856年のパリ条約によるドナウ川ヨーロッパ委員会など、河川運航に関わる国際委員会にルーツが見られます。

19世紀後期になると行政・技術分野へ広がり、1865年にパリで発足した万国電信連合(後の国際電気通信連合)、1874年の万国郵便条約による万国郵便連合、1875年の国際度量衡連合、1883年の工業所有権保護同盟、1886年に国際著作権同盟などがスタートしています。

20世紀に入ると、1920年に第一次大戦後の国際平和を維持するため、アメリカ合衆国大統領T.W.ウィルソンの提唱で、史上最初の常設的な一般的国家連合組織として、国際連盟(League of Nations)が設立されました。

しかし、アメリカは上院の反対で当初から不参加、1933~37年には日本・ドイツ・イタリアの脱退、1939年にはソ連の除名などが重なって有名無実化し、第二次世界大戦(1939~45年)の勃発で機能を停止、1946年に解散しています。

第二次大戦後、1945年に国際平和と安全の維持、諸国間の友好と協力を目的として国際連合(United Nations)が成立しました。総会、安全保障理事会、経済社会理事会、信託統治理事会、国際司法裁判所、事務局の6機関と15の専門機関などから構成されています。

日本も1956(昭和31)年に加わって、2020年4月現在、193か国が加盟しています。

しかし、成立してすでに70数年、国際連合にも次々と問題点が浮上しています。

●第2次世界大戦の戦勝国が主導する国際機関という性格ゆえに、未だに大国同士のエゴのぶつかり合いが多く、ともすれば現状維持的となって、激変する情勢へ対応し、新たな世界構造を創り上げる構想力に欠けています。
 
●世界平和の維持・達成が目的であるにもかかわらず、「平和」の定義が時々の主導国に都合のよいように変えられる場合もあり、本来の機能を果たすことが困難になってきています。

●5つの安保理常任理事国(米、英、フランス、ロシア、中国)が拒否権など圧倒的な特権を持っているため、193の加盟国が出席する国連総会の決議ですらも、時には軽視されるケースが生じています。

●国連総会では「1国1票」が原則であり、その専門機関もまた中立的な運営を求められていますが、特定の国家がさまざまな支援策で諸国の意向を自国に都合のよい方向へと誘導するなど、政治的な影響力に配慮せざるを得ない状況に陥っています。

●内政不干渉を原則としているが故に、世界各地で多発している紛争にはほとんど関与することができず、内戦終結へ誘導できない組織となっています。

こうした国連の脆弱性が、コロナ禍によって、明白に浮上してきました。

世界規模で人やモノが移動するグローバル化時代には、コロナ禍などへの対応は個々の国だけでは到底不可能なため、国連機関である世界保健機関(WHO)の役割がますます大きくなってきています。にもかかわらず、事務局長の歪な運営や発言が次々と問題化し、拠金を停止する国すら現れています。

より大きな権限を持つ安全保障理事会でも、紛争地での感染拡大を懸念して、即時停戦を求める決議案を提案しましたが、拒否権を持つ国々の対立によって暗礁に乗り上げ、ほとんど機能停止に等しい状態に陥っています。

とすれば、現在の国連にこれ以上の期待は無理なのでしょう。むしろコロナショックを一つのチャンスとして、国際連盟や国際連合に代わる、新たな国際機構の構築が必要なのかもしれません。

2020年9月8日火曜日

コロナ禍でうろたえる統治機構!

民主主義を実質的に支えている間接民主制度と統治機構のうち、前者の脆弱さに続いて、今回はもう一方の「統治制度」について考えていきます。 

民主主義の政治運営を正常かつ効率よく行うためには、適正な統治機構が必要です。




古代ギリシアの都市国家以降、さまざまな制度が展開されてきましたが、中世の封建社会では、君主や領主など特定個人による専制的統治機構が主流でした。

しかし、17世紀の市民革命で「法の支配」による民主的な政治運営方式が確立されると、ようやく国民の自由や権利を保障する、近代的な統治機構が登場しました。

その形態には大きく分けて、イギリス型の議院内閣制、アメリカ型の大統領制、中国型の社会主義型政治制度があります。



●イギリスの議院内閣制は、18世紀の中葉ごろまでに原型が形成され、1832~1928年に順次参政権を拡大して、議会の国民代表的な性格を実現し、さらに1911年に下院の上院に対する絶対的優越を認めました。これにより、「下院万能の国」といわれるほど、議会を重視する統治機構が成立しました。 

●アメリカの大統領制は、1787年の合衆国憲法によって採用されたもので、厳格な三権分立をめざしています。議会と大統領がそれぞれ独立して、互いに抑制と均衡を行うという権力分立制であり、議院内閣制に比べると、行政権と立法権が徹底的に分離されています。 

●中国の社会主義型政治制度は、1949年の中華人民共和国成立によって採用された「人民民主共和制」のもとに、労働者・農民階級を代表する共産党がリーダーシップをとる「民主集中制」です。この方式には、中国のように一院制(全国人民代表大会)を採る国と、ロシアのような二院制を採る国がありますが、どちらにおいても資本主義国家における議会制度、自由な立候補制度、複数政党による政権交替制などは採用されていません。 

世界各国の統治機構は、上記3種の政治制度をさまざまに組み合わせて運営されています。例えばドイツやインドは議院内閣制、フランスや韓国は半大統領制、北朝鮮は民主共和制といった具合です。

日本の場合は、第二次世界大戦後の日本国憲法で、イギリス型の議院内閣制が基本として採用されたうえ、司法部に関してはアメリカ型の違憲立法審査権が認められて、民主政治を保障する三権分立制
がそれなりに成立しています。

以上のように、現代世界の各国では、間接民主制度を前提にしつつ、それぞれ独自の方式を採り入れた統治機構が導入されています。

しかし、一方ではグローバル化で相互依存が高まり、他方では人口変動や経済変動などで懸案が広がる中で、各国の統治機構にもさまざまな限界が目立ち始めています。



●イギリス・・・多数派国民の意見をそのまま反映する「多数決型」をめざして、二大政党制を生む小選挙区制、下院の優越、政府行政の優位などを進めてきましたが、社会の成熟化に伴って民意が急速に多様化してきたため、多数決方式で一元的な政策を定めることに無理が生じています。しかし、多様な意見を調整する「コンセンサス型」への転換が難しいため、EU 離脱問題に象徴されるように、カオス的な状況が生まれています。

●アメリカ・・・4~8年間は更迭できない大統領制のため、ポピュリズムの拡大に乗って選出されたリーダーでは、次々に暴走が目立ち始めています。グローバル経済の進展に伴う経済停滞や、それによる中産階級の所得低迷などで高まったアメリカ・ファースト主義が、本来の民主主義精神を次第に希薄化させるとともに、統治機構の破綻を浮上させています。

●中国・・・民主集中制を唱える共産党一党支配により、経済規模は大きく拡大しましたが、その背後では貧富格差の拡大、強権的な国民管理、政府高官の腐敗、三権分立の否定など、民主主義の統治機構とはいえないような諸問題が噴出しています。

●日本・・・議院内閣制と三権分立制が採られているにもかかわらず、1990年代以降、小選挙区比例代表並立制への変更、内閣機能や官僚コントロールの強化などで、政権の長期化が進むとともに、国家権力の私物化もまた進みました。その結果、国会の軽視、国民に対する説明責任の放棄、官僚が政権におもねる忖度政治の進行、司法人事へ介入する三権分立の危機など、民主主義の脆弱化が浮上しています。 

以上で述べたように、民主主義を担うはずの統治機構でも、近年ではさまざまな課題が拡大しつつあります。

この背景には、国家の統治機構が普遍化し、固定化するにつれて、政府による統治行動の是非が不問となり、選挙による意思表示が低下するなど、国民主権というべき民主主義の基本がともすれば忘却されつつある、という事情があります。

いいかえれば、国家の役割が急速に複雑化・専門化し、その権力もまた強大化した結果、中央統治機構における三権分立や中央・地方の権力分立などを、単に憲法で保障するだけの政治前提では、本来の民主政治を実現していくことが困難になってきているのです。

このように脆弱化した各国の統治機構を、今回のコロナ禍ははからずも露出させ、ますます混乱の度を深めさせようとしています。

社会的な危機に遭遇した時、私たちに求められているのは、これまでの政治制度や統治機構を柔軟に組み替えて、新たな体制を創り出していくという知恵と勇気を速やかに持つことだと思います。

2020年9月2日水曜日

コロナ禍が民主主義を脅かす?

黒死病が壊した農業後波の「生産・社会・識知構造」を先例にして、コロナ禍が今や脅かそうとしている工業現波の「生産・社会・識知構造」を推測しています。

2番めは「社会構造」で、それを支える国家連合制、民主主義制、市場経済制の3つを順番に考えていきます。

今回は「民主主義制」で、その歴史をざっと振り返ります。



民主主義とは、その英語democracyがギリシア語のdemos(人民)とkratia(権力)が結合したdemocratiaに由来しているように、国民の多数意志による政策決定を保障する政治制度や統治方式を意味しています。 


その意味で、Monarchy(君主政)、Aristocracy(貴族制)、Theocracy(神政政治)、Oligarchy(寡頭制)、Dictatorship(独裁制)、Totalitarianism(全体主義)などを大きく超えて、国民主権を実現する政治制度です。

民主主義の原型は、古代ギリシアの都市国家に求められますが、現代的な民主主義の形成は、17~18世紀の市民革命で専制的な絶対君主制が打倒された後のことです。

この時期に、国民主権、基本的人権の尊重、法の支配、民主的政治制度など民主主義的な思想や制度の原型が形成されています。

その後、19世紀中葉以降には、民主主義の課題は、経済的不平等の是正、社会的弱者の救済という方向に重点を移していきます。

第二次世界大戦後になると、ほとんどの国が、成年男女に普通・平等選挙権を認める民主主義国家となりました。しかし、社会主義を標榜する国家の中には、現在でも全体主義を続けているものもあります。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上のような民主主義制度を実質的に支えているのは、①間接民主制度と②統治機構だと思われますので、まずは「間接民主制」の歴史と現況を確かめておきましょう。

民主制度には、国民が自ら政治に携わる「直接民主制」と、国民が選出した代表者に一定期間権力を委ねて政治を行う「間接民主制」がありますが、近代国家ではほとんどの国で後者が採用されています。

直接民主制が行われていたのは、B.C.5世紀ころの古代ギリシア、アテナイでのエクレシア(民会)でした。古代ローマの共和制ローマ(B.C.509~B.C.27年)になると、貴族による元老院と、平民による民会が行われ、それぞれ現在の上院、下院の起源となっています。

近代に入ると、18世紀のフランス革命で立法議会、国民公会などの議会が開設されると、1792年に世界初の男子普通選挙が実施されています。

19世紀から20世紀にかけて、多くの国々で制限選挙から男子普通選挙への移行が進み、更に女性参政権も認められるようになりました。



フランスでは、1848年の第二共和政で再び男子普通選挙が導入され、1871年のパリ・コミューンで世界初の女性参政権が開始され、1945年に女子(21歳以上)の選挙権が認められました。 

ドイツでは、1867年に北ドイツ連邦で男子普通選挙が実施され、1919年にドイツ共和政で世界初の男女による完全普通選挙が実施されました。 

アメリカ合衆国では、1870年には全ての人種の成人男子に対する選挙権が付与され、また1920年に女性参政権が認められました 

イギリスでは、1918年に男子普通選挙が実施され、1928年に女子(21歳以上)に選挙権が認められ、1948年に至って居住地以外に財産を保有する者の複数選挙権制度が廃止されて、完全な普通選挙権制度が成立しています。 

日本でも、1928年の衆議院選挙で25歳以上の男子による普通選挙が実施され、1945年から男女20歳以上よる普通選挙が行われています。 

以上のように、選挙による間接民主制は、今や世界中の国々に定着していますが、理想的な制度というには今一歩で、幾つかの問題点を顕在化させています。


●現在の間接民主制では、投票者のさまざまな要求を整合的に纏める仕組みが未熟なため、無力感や不信感が高まって、政治的無関心者が増加し、とりわけ若者の間で増えている。

●投票者は立候補者および政党に対して投票を行うが、個別の政策への投票ではないため、政策毎に争点が異なる場合には、自らの意見を反映することができない。

●投票者は選挙時のみ政策的判断へ関与し、実際の政策実施は次期選挙まで代議員に委託してしまうため、当事者意識や責任感が希薄となって、政治的無関心に陥りやすい。

●当事者意識の高い投票者であっても、行政情報へのアクセス権限や政治課題の調査能力などでは職業的政治家や公務員などと圧倒的な差があるため、政策内容や実施状況の検証や理解が困難である。

●選挙活動には多額の資金が必要なため、利益誘導を約束した献金や投票誘導などの不正が行われやすく、政策の公平性に問題が生じている。 

以上のように、巨大化、複雑化した現代社会では、国民の多種多様な意見を、少数の政党を通じて政治へ反映させることが、次第に困難となりつつあります。

コロナ禍はこうした間接民主制の現状にどのようなインパクトを与えるでしょうか。

ともすれば高まってくる全体主義への誘惑を、いかにして振り払うことができるのでしょうか。