「今のコロナ禍は戦争ができなくなった人間に対する自然または地球の人口調節である」
文壇の大御所、筒井康隆先生が「偽文士日録」に書かれたご見解です。
お説のとおりで、筆者もまた25年前から「人口は人口容量の限界で減少に転じる」という「人口抑制装置」論を提唱し、『人口波動で未来を読む』(日本経済新聞社:1996)や『日本人はどこまで減るか』(幻冬舎新書:2008)などの著作で展開してきました。
とすれば、今回のコロナ禍は、地球の資源を食い尽くし、かつ汚染物資を垂れ流しつつ、無節操にも人口を増やし続けている人類に向けて、宇宙が諫めた警告ともといえるでしょう。
そこまではともかくも、ルネサンス以降、西欧の主導により、600年ほど続いてきた近代社会は、既に述べたように、物量的限界に達した工業技術、形骸化した民主主義、格差拡大する経済制度、過剰分業・分散化する国際社会、そして思考基盤としての分断的科学技術など、その限界をまざまざと示しています。
人類が自らの力で解決できなければ、宇宙の摂理はポピュレーション・キャパシティーの限界という形で、強烈なショックを与えてくれます。
700年前に黒死病の大流行が、中世社会の限界をさまざまに露呈させ、新たな方向を模索するルネサンスを引き起こました。それとほとんど同じことが、今や起ころうとしているのです。
以上のように考えると、ポストコロナのル・ルネサンスとは、人類が新たに目ざすべき方向を模索させてくれる、絶好の機会ともいえるでしょう。
いいかえれば、ル・ルネサンスとは、現在の工業現波の次に始まる、新たな人口波動の準備期間なのです。
何を準備すればいいのでしょうか? ルネサンスが農業後波から工業現波への移行を準備したことを先例とすれば、ル・ルネサンスには工業現波の前半、つまり工業前波から工業後波への移行を模索することが期待されます。
前回も触れたように、農業後波の識知構造をモデルとして、次のような方向をめざすことだともいえるでしょう。
◆工業前波を主導してきた「分散的・個別的充足性」という理性を細かく反省して、もう一度「集約的・統合的集中性」という知性を回復させること。 ◆工業前波の粗放的なScience(科学)の後に、集約的なNew Science(新科学)の到来を準備すること。 ◆倫理・使命感を持ったNew Cosmology(新世界観)を創造・並立し、分散型社会の暴走や弊害を抑えること。 |
要するに、今回のコロナ禍によって、人類の歴史は今や新たな段階に向かい始めている、ということです。
私たちは人類の文明の最先端に立っているように思いがちですが、必ずしもそうではありません。
超長期の人口波動からみれば、石器文明、農業文明の後、工業文明によって工業前波を起こしはしたものの、未だ粗放的な科学技術によって自然破壊や社会的混乱を引き起こし、その前半を終わろうとしているに過ぎません。工業前波の後には必ず工業後波がやってくるのです。
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