2015年7月30日木曜日

世界人口も5つの波を打ってきた!:

世界人口の推移を振り返ってみると、やはり5つの波動が見えてきます。 

歴史的な人口推計については、さまざまな学者の研究がありますが、それらを取捨選択して整合性のある数字を選び出し、それをグラフ化してみると、約4万年前を基点に古代、中世、近代を経て、現代から22世紀に至る、ほぼ5万年間の推移が得られます。

 
この数値をそのままグラフにしてみると、左図のような極端な急カーブになります。いわゆる指数曲線です。
(Population Trends of the World)  




そこで、日本人口と同様に、Y軸を正対数、X軸を逆対数にして作図しなおしてみますと、右図に描いたような、幾つかの波が浮かんできます。これまた、かなり明確な5つの波です。
(Population Waves of the World)

 
 
これもまた、人間の作り出す文明によって、人口容量が次々に拡大した結果です。
世界の人口容量=地球の自然容量×文明〕という式で、右辺の文明が石器文明、農業文明、工業文明と進むにつれて、人口容量が次第に増加してきました。
それゆえ、日本波動と同様に、石器前波、石器後波、農業前波、農業後波、工業現波と名づけますと、それぞれの波の特徴は次のように整理できます。
 
  • 紀元前4万年に始まる「石器前波」は約600万人の波
  • 前1万年に始まる「石器後波」は約5000万人の波
  • 前3500年に始まる「農業前波」は約2億6000万人の波
  • 西暦700年ころに始まる「農業後波」は約4億5000万人の波
  • 西暦1500年ころに始まる「工業現波」は約90~110億人の波

1番めと2番めの波は旧石器と新石器という石器文明が、3番めと4番めは粗放農業と集約農業という農業文明がそれぞれ作り出したもの、また最後の波は工業文明が生み出したものです。 
 
人口波動とは、世界人口から日本人口まで、広く共通する現象なのです。

2015年7月28日火曜日

日本人口の5つの波

日本列島の人口容量=列島の自然容量×文明
 
この式の右辺である自然容量のうち、天候・気候条件は時代とともにかなり変動してきました。地球の気象変動に連動して気温の高低や降雨量の増減などを繰り返してきたからです。
 
しかし、地形・地勢条件については、この3万年の間、比較的安定していた、といえるでしょう。旧石器時代の地勢変動を除けば、地形に大きな変動はありません。また国境が大幅に変わったり、国土が分断されるといった社会的変化も比較的少なく、ほぼ同一の環境下で推移してきました。
 
とすれば、人口容量を変えてきた主な要因は、日本列島に働きかけた文明の変化ということになります。つまり、5つの波の成立要因は、石器文明、農業文明、工業文明などによって作られてきたということです。
 
それゆえ、5つの波を石器前波、石器後波、農業前波、農業後波、工業現波と名づけますと、それぞれの波の特徴は次のように整理できます。

  • 紀元前3万年に始まる「石器前波」は「旧石器文明」に基づいて成立した約3万人の波
  • 前1万年に始まる「石器後波」は「新石器文明」によって形成された約26万人の波
  • 前500年に始まる「農業前波」は「粗放農業文明」で作られた約700万人の波
  • 西暦1300年に始まる「農業後波」は「集約農業文明」で新たに作りだされた約3250万人の、
  • 1800年から始まる「工業現波」は「近代工業文明」で作られた約1億2800万人の波
 
5つです

 いいかえれば、これらの波はさまざまな文明の作りだした、5つの人口容量に基づいて生まれたものです。

それが故に、それぞれの人口容量が延び続けている間は、人口は増加しますが、容量の壁に突き当たると、停滞や減少に向かっていきます。これが人口波動の起こる要因です。

こうした人口波動は、日本列島を超えて、地球全体、つまり世界人口の
推移にも見られます。

2015年7月21日火曜日

日本列島の人口は波を打ってきた!

日本列島の人口容量の推移、つまり日本列島の人口推移については、拙著『日本人はどこまで減るか』や『人口波動で未来を読む』などで詳しく述べています。以下では、その要旨を一通り紹介しておきましょう。

日本の人口をできるだけ古くまで遡って調べてみると、古代の聖徳太子行基から中世の日蓮、近世の新井白石勝海舟らを経て、現代の文化人類学者歴史人口学者に至るまで、多くの先人たちのさまざまな推計があります。


この中には、現代統計学の水準からみて必ずしも正確な数字とはいえないものも含まれていますが、前後の整合性から取捨選択してみると、大局的な流をつかむことができます。




それは約3万年前に始まり21世紀末に到る、おおまかな推移といえるものですが、この数値をそのままグラフにしてみると、左図のような極端な急カーブになります。いわゆる指数曲線です。





そこで、Y軸を正対数、X軸を逆対数にして作図しなおしてみますと、右図に描いたような、幾つかの波が浮かんできます。大きな流れはロジスティック曲線のように見えますが、よく見ると、かなり明確に5つの波を読みみとることができます。





筆者は、この波を19年前、初めて「人口波動」と名づけました(『人口波動で未来を読む』1996)。

5つの波動が生まれた要因は、列島の人口容量が〔V(人口容量)=n(自然容量)×C(文明)〕という式で動いてきたからだ、と思います。いいかえれば、〔日本列島の人口容量=列島の自然容量×文明〕ということです。

文明の変化によって、どのような波動が生まれてきたのか、その推移をこれから考えていきます。

2015年7月13日月曜日

1億2800万人以下で増減を繰り返すだけだ!

総期待肥大値が2030年代に1億2800万人ラインを割り、その後、人口容量に徐々に余裕が出てくると、総人口は2070年代に底を打って、80年頃から再び上昇していきます。

・・・という甘い期待が持てるわけですが、ただ、この回復は何時までも続くわけではありません。私たちの作り上げてきた、1億2800万人という人口容量の上限に再びぶつかると、その時点からまた減っていくからです。

その後、50~80年の間隔で、また上がって、また落ちるというように、いつまでも波を繰り返していくことになります。そうなると、もっと本格的に人口を増加させていくためには、何をすればいいのか、という問題が生まれてきます。

その解決策はただ一つ、人口容量をさらに拡大することです。人口容量とは【自然環境×文明】ですから、日本の場合は【日本列島の自然環境×文明】となります。この式で【日本列島の自然環境】にさほどの変化がないとすると、大きく影響するのは【文明】の方ということになります。


私たち日本人は、次の【文明】を新たに創り出すことができるのでしょうか

それを考えるため、これまで日本列島の人口容量を作ってきた、さまざまな文明の推移を、歴史的に振り返ってみましょう。

2015年7月5日日曜日

人口は再び増加する!

総期待肥大値が2030年代に1億2800万人ラインを割ると、その後は人口容量に徐々に余裕が出てきます。私たちの生活意識にも、すぐには無理としても、少しずつゆとりが広がっていきます。

その結果、一貫して落ちていく普通出生率が底を打って上がり始め、あるいは一貫して上がっていくはずの死亡率が逆に下がっていく、という可能性が生まれてきます。

具体的にいえば、2030年から2110年の間に、普通出生率と普通死亡率が、ともに1960年代の水準までに戻ると仮定すると、出生数と死亡数は逆転し、人口が増加に転じることも予想できます。

こうした展望によって、いつごろから人口増加が可能になるのか、大ざっぱなシミュレーションを試みてみましょう。仮定となる条件は、次のようなものです。

①1960年代に総期待肥大値が1億2800万人台を超えたころから、普通出生率は下がり、普通死亡率は上がるという傾向を見せ始め、これはほぼ現在まで、50~60年間続いています。

②そこで今度は、総期待肥大値が1億2800万人台を割った2030年から80年後の2110年に、普通出生率は1960年代の水準を回復し、普通死亡率は1960年代の水準まで落ちていく仮定します。

③これを前提に、予想普通出生率と予想普通死亡率の双方に、1980年と2110年を結ぶ2次曲線を想定してみますと、予想普通出生率と予想普通死亡率は、それぞれ下図に示したような曲線となります。

④図を見ると、2075年頃に普通出生率が普通死亡率を追い抜いていますから、その後はその差だけ人口は増加することになります。両者の比率から実数を算定すると、総人口は2070年代に底を打って、80年頃から再び上昇していきます。
こうしてみると、日本の人口は減り続けるのではなく、現在のまま推移したとしても、70~80年後には再び増加してくる可能性がある、といえるでしょう。