2018年12月25日火曜日

日本波動も文明転換が作った!

日本列島の人口推移を[Y軸=正対数、X軸=逆対数]のグラフの上に描いてみると、前回指摘したように、5つの波動が鮮やかに浮かんできます。

世界波動とまったく同じように5つの波動が読み取れるのは、そのこと自体がいずれの地域においても、人間が自然環境に対して、ほぼ同様の対応をしてきた結果を象徴していると思います。

もっとも、両者を比べてみると、世界波動では農業前波と農業後波の境界が比較的明確ですが、日本波動においてはやや曖昧となっています。農業前波と農業後波の間に明確な谷間が見られません

どうやら日本列島においては、粗放農業から集約農業への移行が大きなショックもなく、比較的滑らかに行われたものと思われます。

歴史を振り返ってみると、12~14世紀に相当する期間ですが、この時期には農業技術の進展が緩やかに進んでいました

鎌倉時代に始まった二毛作や鉄製農具の普及などが、室町時代になると惣村の連合や惣百姓の自立とともに各地に浸透し、農業生産が次第に増加し始めているからです。

そこで、農業前波と農業後波の境界を1300年前期ころに設定しました。

1300年前期とは、鎌倉時代(1185~1333年)から建武の中興(1334~1335年)を経て南北朝時代(1336~1392年)へ至る移行期です。鎌倉時代が終焉し、室町時代が開始した時期ともいえるでしょう。

こうして日本列島の人口波動を5つとして把握すると、世界波動と同様に、人口容量が〔V(人口容量)=n(自然容量)×C(文明)という式で拡大してきたことがわかります。

日本列島の人口容量=列島の自然容量×文明〕によって、5つの波動が生まれたということです。


 5つの波動と成立要件については、すでに【日本人口の5つの波】(2015年7月28日)で述べていますが、それぞれの波動については、次のような特性が指摘できます。

紀元前3万年に始まる「石器前波
・・・「旧石器文明」に基づいて成立した約3万人の波

前1万年に始まる「石器後波

・・・「新石器文明」によって形成された約26万人の波

前500年ころに始まる「農業前波

・・・「粗放農業文明」で作られた約700万人の波

西暦1300年ころ始まる「農業後波

・・・「集約農業文明」で新たに作りだされた約3250万人の波

1800年ころから始まる「工業現波

・・・「近代工業文明」で作られた約1億2800万人の波
 

以上に述べた世界波動と日本波動の実証・・・これこそが人口波動説のオリジナリティーの第7長期的な人口の推移は「多段階人口波動曲線」を辿ることの趣旨です。

2018年12月18日火曜日

日本列島の人口波動は・・・

世界人口に見られた「多段階ロジスティック曲線」、つまり「人口波動」は、日本列島の長期的な人口推移の上でも発見できます。

すでに【
日本列島の人口は波を打ってきた!】(2015年7月21日)で触れたとおり、この件については、拙著『日本人はどこまで減るか』や『人口波動で未来を読む』などで詳しく述べています。その要旨は次のようなものです。

日本の人口をできるだけ古くまで遡って調べてみると、古代の聖徳太子行基から中世の日蓮、近世の新井白石勝海舟らを経て、現代の文化人類学者歴史人口学者に至るまで、多くの先人たちのさまざまな推計があります。

しかし、石器時代の人口についてはほとんど推定されていません。そこで、【
人口減少社会・日本の先例・・・石器前波の減少期】(2015年12月21日)で述べたように、次のように推定してみました。要点は次の2つです。

①世界人口の石器前波(約600万人)と石器後波(約5000万人)の比率(前者/後者=0.12)を適用して、日本列島の石器後波(約26万人)から類推すると約3万人になる。当時の日本列島は、文明水準ではユーラシア大陸の後進地であったから、この数値はおそらく上限を示している。

②新人段階の世界の平均人口密度(0.04人/k㎡)に日本列島の面積(37.8万k㎡)をかけ合わせると約1万5000人になる。日本列島の自然条件は世界の平均を上回っているから、この数値は下限とみなすことができる。

以上のような推定を前提にすると、当時の人口容量は1万5000~3万人であったと思われます。そこで、3万人を上限として、人口の推移を考えてみますと、時間の経過とともに、世界波動と同じような増加・停滞・減少のプロセスを辿った可能性があります。


また、縄文~江戸時代の推計の中には、現代統計学の水準からみて必ずしも正確な数字とはいえないものも含まれていますが、前後の整合性から取捨選択してみると、大局的な流れをつかむことができます

こうして得られた人口推計を基に、約3万年前に始まり21世紀末に到る、おおまかな数値をそのままグラフにしてみると、下図のような極端な急カーブになります。いわゆる指数曲線です。



 そこで、世界波動と同様に、Y軸を正対数、X軸を逆対数にして作図しなおすと、下図に描いたような波が浮かんできます。




これこそ、日本列島の人口波動です。この背景についても、世界波動と同様の理由が考えられます。

2018年12月7日金曜日

5つの波動はなぜ生まれたのか?

世界の人口容量=地球の自然容量×文明】の数式において、人類増加の初期段階では前者の「自然容量」が大きく影響していましたが、その後は次第に後者の「文明」の方が力を増してきた、と述べてきました。

つまり、右辺の「文明」の形がさまざまに変わることで、地球の「人口容量」も急速に増加してきた、ということです。

こうした視点を前提にしつつ、「多段階人口波動曲線」に現れた、5つの波動の成立要因を、先学諸賢の諸理論を継承しつつ、より一貫的に考えてみましょう。

第1波と第2波・・・J-N.ビラバンが指摘しているように、第1波では気候温暖化と旧石器文化、第2波でも同じく気候温暖化と新石器文化の影響が大きい。

第3波と第4波については、E.ディーベイやC.マッケブディらが指摘しているように、基本的には農業文明の影響と思われる。しかし、2つの波の間には西暦紀元前後に大きな谷がありため、前半と後半では農業の形が変わったものと推定される。

第5波は、これまた両者が指摘しているとおり、科学技術の発展やそれが生み出した産業革命によるものと推察される。

そこで、筆者は5つの波の開始時期を、各波動間の最低値から下図のように定めました。


先行研究とはやや異なりますが、それは新たに示した人口波動図(横軸:逆対数、縦軸:正対数)によって、境界を区分し直したからです。












こうして推定された、5つの波動について、それぞれの成立要因を推定し、以下のような名称をつけることにしました。

①B.C. 4万年ころに始まる約600万人の波
             ・・・「旧石器文明」による「石器前波(ぜんぱ)

②B.C.9000年ころに始まる約5000万人の波

             ・・・「新石器文明」による「石器後波(こうは)

③B.C.3500年ころに始まる約2億6000万人の波

             ・・・「粗放農業文明」による「農業前波

④A.D.900年ころに始まる約4億5000万人の波

             ・・・「集約農業文明」による「農業後波

⑤ A.D.1400年ころに始まる約100億人の波

             ・・・「近代工業文明」による「工業現波(げんぱ)

第1波と第2波は旧石器と新石器という石器文明に、第3波と第4波は粗放農業と集約農業という農業文明にそれぞれ基づき、また最後の第5波は工業文明に基づいて成立した、という意味です。

この5つが、筆者が新たに提唱した、世界の人口波動の時期と背景です。