

さらに適正な結婚年齢を女20歳、男30歳と決め、女は20~40歳の間に、男は30~55歳の間に、国家のために子どもを作るべきだ。この年齢の以前か以後に子どもを作ることは、非婚のまま色欲に溺れて子どもを作ったのと同じく犯罪的で、神を冒涜する。正式の結婚者以外から生まれる子どもも同じだ。こうした子どもたちは、両親が扶養できない場合と同様に棄ててしまわねばならない、と強調しています。
要するに、限界を超えて増加する人口に対しては、「劣等で不完全な市民の子どもを殺し、規定された年齢、規定された形式に拠らずに生まれた子どもをすべて殺害し、結婚年齢を遅く定め、結局は結婚数を規制する」ことで抑制すべきだ、というのです。

また国家のために子どもを作る年齢の上限は、老いすぎると心身ともに不完全になるから、男は54~55歳で終わるべきだ。それを超えた場合の子どもには日の目をみせてはいけない、とも論じています。
つまり、全ての人が自由に子どもを持てば、必然的に貧困になる。貧困は非道と暴動の源だから、これを防止するには子どもの数の規制が必要だ、と主張しているのです。
いうまでもなく、これらの言動は立法者や哲学者の意見にすぎず、実際に規制が行なわれていたという証拠はありません。しかし、こうした言葉が出てくる背景として、当時の社会には捨て子、嬰児殺し、堕胎、晩婚化奨励、出産年齢制限などの風習がかなり根付いていた、と推定できるのです。
(詳しくは古田隆彦『日本人はどこまで減るか』)
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