動物のケースでとりあげた②生殖・生存介入、③生殖・生存格差化、④集団離脱という、3つの抑制装置が、文化としてどのように行なわれてきたのか、人類の歴史や民族の文化の中に探ってみましょう。
事例としてとりあげるのは、世界史上の石器時代、古代ギリシア、古代ローマ、近代イギリス、そして日本史上の江戸時代中期などです。
まずは石器時代
石器時代の人口抑制装置については、アメリカの生態人類学者M.ハリス(Marvin Harris:1927~2001)が、幾つかの事例を紹介しています(『ヒトはなぜヒトを食べたか』)。
カナダ・インディアンやヌナミウト・エスキモーなど新石器時代の人々は「人口密度を1平方マイル当たり1~2人以上には決してしなかった」と推定したうえで、その主要因を子殺し、つまり嬰児殺害率の高さである、と指摘しています。
石器時代のキャパシティーは、約2万年前に飽和したことが、平均身長と残存歯数から推定されています。飽和状態の下で人口増加をゼロに抑えるには、意図的な人口抑制が必要であり、最良の方法は母親の授乳期間を延長することでした。嬰児への授乳は母親の排卵能力を抑えますから、その期間が長ければ長いほど出産が延ばされることになります。
だが、それだけで人口増加の圧力を抑えるのは不可能でした。そこで、子殺し、堕胎、老人殺しが行われていました。
①子殺し
ハリスは、人類学的人口学者F.ハッサンの研究(On Mechanisms of Population Growth During the Neolithic)を引用して、自然要因による幼児死亡率が50%であったとすれば、おそらく23~35%の潜在的子孫を「間引き(嬰児殺し)」する必要があった、と述べています。
またオーストラリア原住民などの調査結果などから推定すると、さらに高く50%の「間引き」があった、とも考えられます。とりわけ、その対象は女性に向けられました。
そこで、ハリスは「一夫一婦制をとらない場合の人口増加率は生殖年齢に達した女性の数によってほぼ全面的に決定されるので、女児だけをほったらかしにしておくという方法(遺棄)が最善だった」と推定しています。
②堕胎
ハリスは、旧石器時代の女性の推定平均寿命が28.7歳と低かった背景には、出産の間隔をあけるために堕胎したことが主要因と考えています。避妊方法を知らなかった石器時代の人々も、妊娠中絶を行なうための動植物の毒や、腹部を圧迫したり打撃する物理的方法はよく知っていましたから、これによって出産を抑えた可能性があります。
もっとも、こうした方法は妊婦の生命を奪う危険性が高かったので、「経済的・人口的に強い圧力を受けている集団だけが、主な人口調節方法として堕胎に訴えたのではないか」と付言しています。
③老人殺し
エスキモーの老人は、衰弱して自分の生活の糧を得ることができなくなると、集団が移動する時にも、その場に残って「自殺をする」ことがあります。
またオーストラリアのアーネムランドのムルンギン族では、病気になった老人は死者同然の扱いを受けて死に追いやられます。彼らの集団が葬儀を執り行ない始めると、老人はそれに対応して容態を悪化させ、自ら死んで行きます。
これらの事例から、石器時代の人々も老人殺しを行なっていた、とハリスは推定しています。但し、老人殺しは「緊急の場合に集団の規模を短期間に小さくすることにのみ効果があり、長期にわたる人口増加を抑える」効果はなかった」とも付け加えています。
こうしてみると、人類はすでに石器時代から、授乳期間の延長、子殺し、子捨て、妊娠中絶、老人殺しなどの人口抑制装置を持っていたことになるでしょう。
(詳しくは古田隆彦『日本人はどこまで減るか』)
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