2015年3月1日日曜日

マルサスの指摘した人口抑制装置

人間の人口抑制装置は二重構造になっている。・・・この点については、すでに200年も前に、近代人口学の開祖T.R.マルサス(1766~1834)がその著『人口論』(あるいは『人口の原理』)の中で指摘しています。

マルサスは1798年に上梓した『人口論』第1版の中で、「人口は幾何級数的に増加するが、食料は算術級数的にしか増加しないから、その帰結として窮乏と悪徳が訪れる」という有名な理論を発表しました。人口と食料の間には伸び率の差があるから、必ずパニックへ突き進む、というものです。
 

そのショッキングな内容によって、この本はたちまちベストセラーになりましたが、同時に厳しい批判にも晒されました。そこで、マルサスは何度も書き直し、1826年にようやく第6版を完成させました。最終版でマルサスが到達した結論はおよそ次のようなものでした。



 ①人口は生活資料(人間が生きていくために必要な食糧や衣料などの生活物資)が増加するところでは、常に増加する。逆に生活資料によって必ず制約される。

②人口は幾何級数的(ねずみ算的)に増加し、生活資料は算術級数的(直線的)に増加するから、人口は常に生活資料の水準を越えて増加する。その結果、人口と生活資料の間には、必然的に不均衡が発生する。

③不均衡が発生すると、人口集団には是正しようとする力が働く。人口に対してはその増加を抑えようとする「能動的抑制(主として窮乏と罪悪)」や「予防的抑制(主として結婚延期による出生の抑制)」が、また生活資料に対してはその水準を高めようとする「人為的努力(耕地拡大や収穫拡大など)」が、それぞれ発生する。

④人為的努力によって改めてもたらされる、新たな均衡状態は、人口、生活資料とも以前より高い水準で実現される。

これをみると、第1版のパニック論はかなり薄まり、むしろパニックを解消するための、さまざまな行動の解明に力点がおかれています。つまり、③人口と生活資料の間のバランスが崩れた時、「能動的抑制」と「予防的抑制」の2つの抑制現象が始まることと、④生活資料の水準を高めようとする「人為的努力」によって、新たに出現する均衡状態は、以前より高い水準で達成されること、の2つが新たに書き加えられています。

このうち、③の抑制現象が「人口抑制装置」の存在を示唆しています。「能動的抑制」とか「予防的抑制」という訳語は、一見すると、肯定的な意味にとられそうですが、必ずしもそうではありません。

能動的抑制が意味しているのは「あらゆる不健全な職業、過酷な労働や寒暑に晒されること、極度の貧困、劣悪な児童保育、大都会、あらゆる種類の不摂生、あらゆる種類の普通の疾病と流行病、戦争、疾病および飢饉」などです。今風にいえば、人口容量の制約が強まるにつれて、きつい・汚い・危険な職業、貧困、ホームレス、児童虐待、劣悪環境、非衛生、病気多発、食糧危機などの追い込まれていくこと示しています。

また予防的抑制には「慎重な動機から出た結婚の抑制」という「道徳的抑制」と、「乱交、不自然な情交、姦通、および密通の結果を覆い隠すための不当な方法」という「罪悪」的抑制の2つが含まれている、といっています。現代におきかえれば、晩婚化・非婚化(道徳的抑制)と、性風俗産業の拡大や妊娠中絶の増加(罪悪的抑制)などに相当するでしょう。

こうしてみると、能動的抑制とは他の動物たちとほぼ同じ次元の人間の生理的反応です。これに対し、予防的抑制とは人間という種に特有の、広い意味での人為的(文化的反応)ということになるでしょう。要するに、マルサスもまた、人間の人口抑制装置の二重構造に気づいていたのです。

 
 (詳しくは古田隆彦『日本人はどこまで減るか』)

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