2017年5月4日木曜日

人口減少でゆとりが生まれる!

12,800万人という人口容量の下で、少しでも人口を回復させるには、どうすればいいのでしょうか。

人口を回復させるためには、人口減少の真因である「人口抑制装置」の作動を弱めることが必要です。

すでに述べたように、1960年代以降、現代日本の人口集団は人口容量が満杯に近づくにつれて、人口抑制装置が徐々に作動させてきました。

その結果、一方では出生数が抑制され、他方では死亡数が増加するという、いわゆる「少産・多死化」が進み、人口は停滞から減少へと移行しました。

この抑制装置は一度作動すると、人口構造の中に組み込まれてしばらくは持続し、容量が満杯となった後もなお続いていきます。

このため、現代日本の人口は、国立社会保障・人口問題研究所の推計のように、21世紀中は回復しない、と予測されることになります。

しかし、今後は人口の減少に伴って、人口容量に少しずつゆとりが生まれてきます。

もしこれを活用できれば、もう少し早く人口を回復させることも可能になるのかもしれません。

ゆとりを利用して、人口抑制装置の作動を少しでも弱めることができれば、その分、人口には回復する可能性が高まってくるということです。

どの程度ゆとりが生まれてくるのか、おおまかに計算してみましょう。

①人口容量は1億2000万人です。
②人口予測値は国立社会保障・人口問題研究所・2017年推計・中位値とします。
③人口容量(1億2000万人)を各年の人口で割ったものが余裕値となります。

とすると、余裕値は、下図に示したように、現在(1.0)に比べて、2067年には1.5倍、2094年には2.0倍になります。

これに伴って、人口抑制装置も作動を緩め、人口にも回復の可能性が生まれてくるはずです。

21世紀の前半にはまず無理でしょうが、後半になればある程度の回復が予想できます。

それには何が必要なのか、幾つかの条件を考えていきましょう。

2017年4月25日火曜日

人口は回復しないのか?

新しい人口推計でも、日本の総人口は21世紀末まで減少を続けていきます。

出生数の回復や外国人の受け入れなど、さまざまな対応策が議論されていますが、果たして回復の可能性はあるのでしょうか。

よりマクロな視点から考えてみると、すでに述べたように、2080年代からは回復の可能性が予想できます。

その基本的な論拠は次のようなものです。



①人口容量の壁に突き当った総人口は、修正ロジスティック線に沿って一旦は減少していく。

②それとともに、人口容量と人口の間には、次第に余裕が生まれくる。

③この余裕が、総人口を支える個々の国民のゆとりにまで浸透していくと、出生率は上昇し死亡率は低下するから、総人口は再び増加してくる(詳細なプロセスについては、【
総期待値を2110年まで展望する !】:2015年6月30日を参照)。

④再増加し始めた総人口は、人口容量の上限まで再び伸びていく。

⑤人口容量の壁に突き当たると、またまた総人口は減少し始める。

⑥人口容量が拡大しない限り、総人口は容量の下で増減を繰り返す。

⑦新しい文明によって人口容量が拡大されると、ようやく総人口は本格的に増加し始め、新容量の壁に突き当たるまで増加を続けていく。

このような視点に立てば、現在の人口容量(加工貿易文明×日本列島)の下でも、ある程度の回復が考えられ、容量の下で増減を繰り返すことが予想できます。

しかし、さらに継続的な増加を可能にするためには、新たな文明の創造によって、人口容量そのものを拡大しなければなりません。

2017年4月14日金曜日

新推計値を考える!

新しい人口予測(将来推計人口)が、4月10日、国立社会保障・人口問題研究所から公表されました。

最も可能性の高いと推計される「中位値」では、2053年に1億人を割り、2100年に6000万人まで減っていきます。

一番高く推測された「高位値」では、2061年に1億人を割り、2100年に7400万人にまで減っていきます。

最も低く推測された「低位値」では、2047年に1億人を割り、2100年に4800万人にまで減っていきます。

いずれも減少傾向が続くことには変わりはありませんが、前回2012年の予測値より、かなり上向きとなっています。


上記の3ケースとも、2100年時点で前回より1000万人ほど増加しています。

この理由として、同推計では、①30~40 歳代の出生率実績上昇を受けて、推計の前提となる合計特殊出生率を上昇させた、②平均寿命の伸び率が上昇した、という、2つをあげています。

これまで公表されてきた将来人口推計では、そのほとんどが前回分より下向きの数字となっていました。

今回の推計で前回より上向きとなった背景には、人口減少が始まって約10年、国民の選択が減少社会に適応した方向へと動き出した、という事実があるのかもしれません。

2017年4月2日日曜日

人口減少とどうつきあうか?

5度目の人口減少が始まって約10年、急激に変化する社会に、私たちはどのようにつきあっていけばいいのでしょうか。

人口回復の可能性については、少子化対策の強化や移民拡大政策の導入など、さまざまな対応案が提唱されていますが、それらの実現性や効果がどれほどのものなのか、明確な展望は未だ出されていません。

このブログでも、人口容量と人口抑制装置という視点から、こうした課題について幾度か触れてきましたので、これから改めて整理していきたいと思います。

基本的な展望として、このブログでは、人口回復の可能性を次の図のように想定しています。



 グラフの中の高・中・低位とは国立社会保障・人口問題研究所の予測値であり、新予測値とは、既存の予測値を基礎にしつつ、「国民の生活意識が人口減少に次第に対応してくる」という、筆者独自の予想を前提に、新たに予測したものです。
(詳細は「
人口減少社会の背景と展望 : 生活心理と消費行動のゆくえ」㈶統計研究会・内外経済情勢懇談会編「Ecoレポート」79号)

予測のプロセスは「
人口は再び増加する!」でも触れていますが、その大略は次のとおりです。

①2010年以降の人口予測値については、国立社会保障・人口問題研究所2012年推計の中から低位値を基本にしています。

②2035~2100年については、人口容量に対する国民の「
総期待値」が2035年ころに1970年の水準に戻ると想定し、その後の出生率と死亡率が2100年までに2035年の水準にまで回復するという仮説にたっています。

③以上の条件によると、今後の人口は2070年代に6660万人で底を打ち、2100年には7000万人台まで回復してきます。

この新予測値は、もし回復可能性があるとすれば、どのあたりにあるのかという、淡い期待に基づいています。

果たしてこれが実現できるのか、さまざまな側面から考察していきます。

2017年3月19日日曜日

フランスの出産支援策は日本では効果がない!

これまで見てきたように、ヨーロッパ主要国の人口動向は、合計特殊出生率の高低によって、2つのグループに明確に分かれています。

その背景を推定してみますと、次のような事情が浮かんできます。

①2つのグループが生まれるのは、人口容量のピークを経験しているか否かの違いです。容量のピークを超えたドイツ、スペイン、イタリアは低出生率国となり、ピークをまだ超えていないスウェーデン、フランス、イギリスは高出生率国となっています。

②いいかえれば、低グループでは出生率が低いがゆえに、人口ピークの到来、つまり、人口容量の上限が早く現れ、逆に高グループでは、未だ人口容量の上限が見えていないから出生率が高い、ともいえるでしょう。

③人口容量の高低が生まれるのは、【国土×加工貿易文明】で生み出される上限が、低出生率国ではグローバル化の限界化で早く現れ、高出生率国では未だ現れていないためです。

④迫り来る人口容量の上限に対して、低出生率国がいち早く対応したのは、過去の歴史上、人口波動(修正ロジスティック曲線)の中間あたりの変曲点に対して、ナショナリズムや覇権主義で対応したことへのトラウマの故、と推定されます。この対応が引き起こした悲惨な結末が、各国民の潜在的な無意識となって、人口抑制装置を速やかに作動させたものと思われます。

⑤高出生率国においても、まもなく人口容量の上限に達することが予想されますが、対応未経験の国では、やはりナショナリズムや覇権主義などに陥る危険性が高い、と予想されます。昨今のアメリカやヨーロッパ諸国における「右傾化」の動向は、もしかしたら、その前兆とも考えられます。

⑥このように考えると、高出生率国であるスウェーデンやフランスなどの出産支援策を、ドイツやイタリアなどの低出生率国へ、単純に導入したとしても、さほどの効果は期待できないでしょう。まして自然環境も国際環境も異なる、アジア地域の日本へ導入するのはほとんど無意味といえるでしょう。

下図を見れば一目でわかりますが、日本という国は、国土面積の比較からみても、人口増減の推移からみても、まったく特異なトレンドを辿っている国家です。




肯定的に言えば、近代工業文明を受容し、急速に工業化と人口増加を達成したものの、その限界を真っ先に味わって、人口減少・飽和濃密型の社会へ向かおうとしている先例、ともいえるでしょう。

以上に述べたことは、いうまでもなく、一つの仮説にすぎません。今後、より詳細に検証していくことが必要だと思います。

しかし、「あらゆる理論は仮説にすぎません。絶対の真理など存在しないのです。もし一つの仮説で行き詰まったとしたら、別の仮説を求めればいい。仮説と仮説の論争の中から、より望ましい方向を求めていけばいい。仮説は仮説を産み、その連鎖がパラダイムを変えていくことになるでしょう」(拙著『日本人はどこまで減るか』P.248)。 

2017年3月10日金曜日

変曲点への対応が違った!

日本は、食糧の国内自給の上限7200~7500万人が次第に迫ってきた1910~40年代にはナショナリズムと覇権主義を強めました。

同じ時期に、ドイツ、イギリス、フランスなど、ヨーロッパ主要国の人口も、図に示したように停滞を経験しています。


この40年間は、第1次世界大戦から第2次世界大戦に至る時期であり、その影響がさまざまな形で各国の人口に及びました。

一定の人口容量のもとで増加していく人口は、
修正ロジスティック曲線を辿りますが、その真ん中あたりで急増から漸増へと移行する変曲点を通過します。

科学技術と国際化を基盤とする「加工貿易文明」によって、それぞれの人口を増やしてきた、ヨーロッパの先進諸国もまた、この時期に変曲点に差し掛かりました。

その時、イギリスやフランスなどはいち早く植民地の拡大に邁進し、加工貿易体制による人口容量拡大路線を維持しました。
だが、体制作りにやや遅れたドイツ、イタリア、スペインなどは、領土や植民地などの再分割を求めざるをえませんでした。その衝突が2つの大戦を引き起こしたのです。

日本もまた、この変曲点を海外進出によって曲がりきろうとしました。

ただスウェーデンだけは、未だ変曲点に到らず、両大戦を中立国として躱しました。

このように考えると、2つの戦争とは、産業革命による工業化によって人口容量を増やしてきたうえ、素材や食糧を海外で調達できる体制をいち早く作り上げた国家群と、それに乗り遅れた国家群の間で起こった軋轢や摩擦が、やむなくも行き着いた結果だったのです。

いいかえれば、第1~2次大戦とは、それぞれの人口容量に対応する、各国の戦略の差異が衝突した、不幸な結果だった、といえるでしょう。

2017年3月3日金曜日

容量オーバー時の対応経験で分かれる!

ヨーロッパ諸国では、人口容量のピークを経験しているか否かによって、合計特殊出生率の高い国と低い国の2グループが生まれているようです。

容量のピークを超えたドイツ、スペイン、イタリアは低出生率国となり、ピークをまだ超えていないスウェーデン、フランス、イギリスは高出生率国だ、ということです。

下に掲げた2つのグラフを改めて比較してみると、このことが容易にわかります。

 


人口容量のピークの前後が、なぜ出生率に影響するのでしょうか。

低出生率国に入った国々を見て、すぐに気がつくのは、ドイツ、イタリアおよび、同じような推移を辿っている日本が、いずれも第2次世界大戦の開始国であり敗戦国であることです。スペインもまた、同じ時期にフランコ政権によるファシスト体制を経験しています。

こうした経験がなぜ出生率に影響しているのか、さまざまな推測できますが、「人口波動説」から考えると、人口容量オーバーへの対応経験の差ではないか、と思います。

さまざまな動物の世界では、それぞれの個体数が
キャリング・キャパシティー(Carrying Capacity;個体数容量)を超えてしまうと、大量死や集団離脱など、かなりラディカルな対応によって容量の内側へ戻る、という事例が数多く報告されています。

人間の場合も、形は変わりますが、同じような現象が現れる可能性が十分にあります。

低出生率国である日本の推移を振り返ってみると、食糧の国内自給の上限であった7200万人に達した1930年代、海外移民から海外派兵まで、軍事力による対応を強め、その結果として敗戦と大量死という悲惨な結果を味わっています。

その後は加工貿易体制に切り替えることで、ほぼ倍近い容量を作り出すことにとりあえず成功しましたが、それでも容量への対応を誤ると、再び大量死に至るという体験は、国民の潜在的無意識の次元にまで染み透り、幾重にも蓄積されています。

このトラウマが、再び容量のピークに差し掛かった時、個人から社会までさまざまな局面に出現して、人口増加を抑え込むのではないでしょうか。

ヨーロッパの国々でも、同じような経験が出生率を抑え込んでいるのでは、と推測できます。