2015年9月29日火曜日

家政・互酬・再配分・交換の比重は変わる!

5つの人口波動と4つの生産・分配制度の関係を、おおまかにイメージ化してみると、下図のようになります。


①石器前波では、家政(家族集団が自ら使用するのための生産)の比重がおそらく70~80%に達し、続いて互酬(家族や血縁者間での贈与や相互扶助)や物々交換(異なる家族集団間での交換)が10~20%、残りが再配分(村落共同体による集約と分配)であったと推定されます。

②石器後波になると、物々交換(異なる家族集団間での交換)の比重はあまり変わりませんが、家政はやや低下し、代わって互酬や再配分古代王権国家による集約と分配)の比重がやや高まったものと思われます。

③農業前波では、家政の比重がおそらく半分以下に落ち、互酬はさほど変わりませんが、再配分と交換の比重が上昇してきました。再配分ではいわゆる封建国家による収奪と分配が進行し、また交換では「市場(いちば)」や「もの売り」など初期的な商業交換が広がっていきました。

④農業後波になると、家政の比重は多分20%程度に落ち、互酬はある程度維持されましたが、再配分と交換の比重が急上昇して、両方で60~70%に達するようになりました。再配分では初期的な国民国家による税収と保障が開始され、また交換では広域的な商業市場の成立に伴って商業交換が拡大しました。

⑤工業現波では、家政と互酬を合わせた比重は20%以下に落ち、再配分と交換を合わせた比重が80%を超えるようになりました。再配分では、いわゆる福祉国家による税収・年金負担と生活保護・年金給付などが拡大し、また交換では、地域や国家を超えた市場の拡大で、いわゆる市場経済が広がって、生活者の暮らしの半分以上を占めるようになっています。

このように見てくると、私たちが暮らしの前提として、ごく当たり前のように考えている福祉国家制度市場経済制度は、必ずしも絶対的な制度ではなく、大きな時代の変化とともに移り変わっていく、可変的な制度であるといえるでしょう。

2015年9月14日月曜日

生産・交換制度の未来を読む!

工業後波を支える3つの要素(集約科学技術、集約市場経済、選択的国際化)のうち、集約市場経済、つまり新たな生産・分配制度については、次のような方向が考えられると思います。

経済人類学者のK.ポランニーによると、人類が歴史的に創り出してきた生産・分配制度、つまり経済のしくみには、家政、互酬、再配分、交換の四つがある、といいます(『大転換』『人間の経済』『経済の文明史』による)。



それぞれの内容は次のようなものです。

家政(house holding)・・・「自らの使用のための生産」であり、ギリシャ人が、「エコノミー」の語源たる「オイコノミア(oeconomia)」と名づけていた制度として、「閉鎖集団」内の構成員の「欲求を満足させるための生産と貯蔵という原理」に基づいている。

互酬(reciprocity)・・・「義務としての贈与関係や相互扶助の関係」であり、「主に社会の血縁的組織、すなわち家族および血縁関係に関わって機能する」制度として、「対称的な集団間の相対する点の間の(財の)移動」をいう。

再配分(redistribution)・・・「権力の中心に対する義務的な支払いと中心からの払い戻し」であり、「主に共通の首長の下にある人々すべてに関して効力をもち、従って、地縁的な性格」の制度として、「(財が)中央に向かい、そしてそこから出る占有の移動を表す」ものである。

交換(exchange)・・・「市場における財の移動」であり、「システムにおけるすべての分散した任意の2つの点の間の運動」となる制度である。

現代風にいいなおすと、「家政」とは個々人とその家族だけの自給自足制度、「
互酬」とは家族や親族、さらには継続的な地縁・友縁などによる生活扶助制度、「再配分」とは国家による生活保障制度、「交換」とは市場を通じて形成される生活構築制度ということになるでしょう。

これら4つの制度について、ポランニーは、常に同じ比重で存在してきたのではなく、時代とともに変化してきた、と述べています。つまり、「西ヨーロッパで封建制が終焉を迎えるまでに、既知の経済システムは、すべて互酬、再配分、家政、ないしは、この3つの原理の何らかの組み合わせに基づいて組織されていた」のですが、16世紀以降、重商主義システムの下に、初めて「市場」という、新たな交換システムが登場しました。

この交換システムは、19世紀に入ると、貨幣を交換手段とする市場経済へと発展しました。市場経済は、従来の〝付属物〟的な「市場」とは根本的に異なる「市場交換システム」として拡大しましたので、経済制度の中心は互酬、再分配、家政から交換へと移行しました。しかし、それでもなお互酬、再分配、家政の役割は消滅したわけではなく、とりわけ再分配の比重は高まる傾向にある、とも述べています(『大転換』)。

以上のような生産・分配制度の推移を人口波動と関係を示すと、表のようになるでしょう。




石器前波・・・氏族集団が、捕獲(狩猟中心)・採集生産を前提にした自給自足により、家政を達成してきた。
石器後波・・・氏族や古代王権が、捕獲(狩猟・漁労)・採集生産を前提にした物々交換・互酬・再配分により、家政を達成してきた。
農業前波・・・農民・職人や古代国家が、粗放農業(農耕・牧畜)を前提にした初期商業・互酬・再配分などにより、家政を達成してきた。
農業後波・・・農工職人や封建国家が、集約農業(農耕・牧畜)を前提にした貨幣経済・再配分・互酬により、家政を達成してきた。
工業現波・・企業・工場や福祉国家が、近代工業を前提にした市場経済・再配分・互酬により、家政を達成してきた。

このような関係は、次の人口波動である工業後波になると、どのように変わっていくのでしょうか。

2015年9月7日月曜日

工業文明の次を読む!

石器文明、農業文明、工業文明という区分を「大文明」、旧石器文明、新石器文明、粗放農業文明、集約農業文明、粗放工業文明という区分を「細文明」と名づけますと、大文明とは2つずつペアになった細文明が共通して基盤にしている文明ということになります。

このブログでは、文明という言葉を「言語能力を発展させて、抽象化能力を持つ人類が、周囲の自然環境に新たに働きかけて、人口容量を拡大したり、より大きな人口容量を作りだす働きかけ」という、限定した意味で使っています。

この定義を最大限に拡大して、人間の生息環境全体に適用してみますと、文明とは「人類が生きていくためのエネルギー獲得法」ということになります。つまり、地球上に降り注ぐ、膨大な宇宙エネルギーをいかにして獲得し、人類が生きていくための生命エネルギーにどのような形で変換しているか、ということです。

アメリカの著作家John Geverらが、人口容量とは「人間が利用可能なエネルギー量およびそのエネルギーがどのように用いられているかを調査すること」に尽きる、といっているとおりです(Beyond Oil)。

これこそ「大文明」とよべる次元であり、人類の文明史の最も基盤にある石器文明、農業文明、工業文明をさしていますが、それぞれの特性は次のように整理できます。

石器文明とは「太陽エネルギーが短期的に蓄積された動植物を石器によって採集し消費する」もの。さまざまな動植物の体内に蓄積された太陽エネルギーを、石器を開発して人間の暮らしに利用することで、人間用エネルギーへと変換しています。

農業文明とは「太陽エネルギーが短期的に蓄積された動植物を育成して消費する」もの。地上に降り注ぐ太陽エネルギーを、農耕や牧畜によって意図的にさまざまな動植物の体内に蓄積させ、そのうえで人間のエネルギーに変換しています。

工業文明とは「太陽エネルギーなどが長期的に蓄積された化石燃料などを採集して消費する」もの。地球の内部に蓄積された太陽エネルギーや宇宙エネルギーを、科学技術によって発掘し高度に利用することで、人間向けのエネルギーに変換しています。

これらの延長線上で、より大胆に考えれば、工業文明の次にくる文明が予想できます。

仮にそれを「未来文明」と名づけると、その中身は多分、過去のエネルギー蓄積を単に発掘して消費するだけでなく、人間の知恵や知識を応用して、太陽のエネルギーやその背後にある宇宙エネルギーまでも巧みに蓄積したり、効率的に増幅する文明になっていくでしょう。

なぜなら、石器文明から農業文明への移行が、短期蓄積エネルギーの「採集・消費」から「育成・消費」への転換に裏付けられていたように、工業文明から未来文明への移行もまた、長期蓄積エネルギーの「採集・消費」から「育成・消費」への転換によって、初めて開始されるのではないか、と思うからです。

















つまり、未来文明は「太陽エネルギーや宇宙エネルギーを育成して消費する」文明です。

こうした未来文明へ向かって、私たち人間が集約工業文明の段階をとばして、一気に駆け上るという可能性もないわけではありません。だが、そうなるにはまだまだ課題が山積しています。

第1に、現代の工業文明はなお未熟な段階にあり、さらに進展する余地があります。

第2に、現在の工業文明に代わるよう未来文明を創造するには、世界的な次元かなりの時間が必要です。

第3に、次の未来文明を生み出すには、現代の工業文明から〝橋渡し〟の役割をする、もう一段高い次元の工業文明が必要です。

とすれば、私たちはおそらく、まずは集約工業文明を創造し、それを基盤にして、その次の未来文明へと向かっていくことになるでしょう。

2015年9月2日水曜日

再び人口が増加する社会とは・・・

工業後波を支える3つの要素は、これまでの粗放科学技術、粗放市場経済、無制約国際化から、集約科学技術、集約市場経済、選択的国際化へと転換されていきます。

いいかえれば、次の工業文明はおそらく従来の粗暴な次元を乗り越え、より成熟し洗練された科学技術、経済制度、国際関係へ進んでいくということです。

これこそ「粗放工業文明から集約工業文明へ」、あるいは「工業前波から工業後波へ」の移行を意味しています。これまでの工業前波は工業文明の前半にすぎず、工業後波の開始に伴って、工業文明はより成熟し、より完成された段階に入っていくということです。

もしこの転換を、日本人の手で21世紀の中ごろまでに達成することができれば、21世紀後半の日本の人口容量は再び拡大し、それにともなって日本の総人口も再び増加しはじめ、1億280万人の壁を易々と乗り超えていくでしょう。

勿論、そのインパクトは日本に留まるものではありません。日本人が新たな文明の可能性を見つけだすことができれば、それは同時に、世界の総人口が、80~90億人という人口容量の壁を突破し、再び上昇をはじめることを意味しています。

こうした意味でも、工業現波の最先端を突っ走っている日本は、21世紀の最先進国として、まっさきに次の波動を作りだす役割を担っているといえるでしょう


2015年8月23日日曜日

集約工業文明とは何か

集約工業文明とは、どのようなものになるのでしょうか。

旧石器時代の人間が新石器時代を、奈良時代の人間が江戸時代を、それぞれ予想するのは困難であったように、粗放工業時代に生きている私たちが、集約工業時代を予想することは、やはり困難なことです。



しかし、粗放工業文明の諸要素を解体してみると、その方向がおぼろげながらも見えてきます。

おそらくそれは工業前波を支えていた科学技術、市場経済制度、国際協調主義の3つを大きく変えていくことになるでしょう。

その方向を大胆に見通すとすれば、「粗放科学技術から集約科学技術へ」、「粗放市場経済から集約市場経済へ」、「無制約国際化から選択的国際化へ」という変化に集約できます。




◆粗放科学技術から集約科学技術へ


現代の科学技術は、化石燃料を〝爆発〟させてエネルギーを獲得するという、ある意味では〝粗暴〟な基盤に基づいています。パソコンやインターネットなどのソフトな技術でさえ、爆発エネルギーの提供する電力が途絶えれば、直ちに停止してしまいます。


それゆえ、次の文明を支える科学技術は、もっと緩やかに抽出できるエネルギー源に基礎をおかなければなりません。

この方向を実現するにはさまざまな対応が考えられますが、太陽光、風力、水力、地熱などのエネルギーを直接採集して集約する、より「柔らかな」自然系エネルギーへの転換が一つの方向になるでしょう。


つまり、「太陽エネルギーが長期的に蓄積された化石燃料などを採集・消費する」文明をさらに進展させて、「採集圏域を増やして、化石燃料などをより効率よく採集するとともに、エネルギーの集約や育成を図る」文明へと転換していくということです。

◆粗放市場経済から集約市場経済へ


現在の市場主義は、グローバル市場主義の乱暴な介入に国内経済が引っかき回されたり、競争激化によって貧富の格差が拡大するなど、いわば「粗暴な市場経済」の次元に留まっています。


おそらく工業後波を支える経済制度はこうした欠陥を是正して、国際性と国内性の調和、市場性と象徴性の調和、そして価値と効能(私的有用性)のバランスなどに配慮した、より「柔らかな」体制をめざすことになるでしょう。

◆無制約国際化から選択的国際化へ


これまでの国際主義は、一国の国境を絶対視しつつ、そのうえでどの国とも平等につきあうという、いわば「粗っぽい国際主義」でしました。


しかし、今後はその方向が微妙に修正されていきます。21世紀の地球では人口が爆発的に増加して、2020~2030年ころには食糧・資源・エネルギーが不足し、環境汚染も深刻化します。このため、先進国、途上国を問わず、世界各地で物資の奪い合いや環境汚染のなすり合いなど、さまざまなパニックの発生するおそれが急速に高まります。

そこで、日本もまた、従来の野放図な全面的国際化を修正し、農業国との連携や資源保有国とのタイアップなど、互いに援助しあえる国々との間で、新たな連携をめざす選択的国際化を進めることが必要になってきます。その意味で、日本の外交目標は、無制約国際化から選択的国際化へと転換していかなければなりません。

21世紀後半から22世紀にかけての文明は、以上のような形で、現在とはかなり異なる方向へ向かう可能性があると思います。

2015年8月11日火曜日

集約工業文明に向かって

世界波動も日本波動も、〔人口容量=自然容量×文明〕という式で、右辺の文明が石器文明、農業文明、工業文明と進むにつれて、人口容量が増加してきたことが、それぞれの成因となっています。

より詳しくみると、石器文明は旧石器文明と新石器文明、農業文明は粗放農業文明と集約農業文明、工業文明は粗放工業文明によって、それぞれ5つの波を作ってきました。

石器文明、農業文明、工業文明という区分を「大文明」、旧石器文明、新石器文明、粗放農業文明、集約農業文明、粗放工業文明という区分を「細文明」と名づけますと、文明と人口波動の関係は、次のように整理できます。

世界波動でいえば、5つの細文明が世界各地に成立し拡大したことにより、世界の人口波動が生まれてきました。

日本波動においても、5つの細文明によって、5つの人口波動が生まれていますが、このうち、旧石器文明と粗放農業文明という細文明は日本列島の外側から入ってきた移入的な文明であり、新石器文明と集約農業文明という細文明は列島の内部で育まれた内発的な文明です。

石器文明でいえば、アジア大陸や太平洋地域から渡来した旧石器文明が、日本列島の中で進展し、石器プラス土器を作る文明、いわゆる縄文文明を生み出すことによって、新石器文明に変わっていきます。

揚子江流域から入ってきた粗放農業文明が、日本独自の集約型農業の進展によって、集約農業文明に進展していきます。

つまり、日本列島では、大文明の前段階は外部から入ってきた文明であり、後段階は内部で育まれた文明ということができます。

以上の視点に立つと、私たちの現況を見る目が変わってきます。私たちは今、史上最高度の文明社会に生きていると考えがちですが、実のところは、まだ工業文明の前段階を経験しているだけではないのか、という見方です。

下図で見るように、日本列島の人口波動は、石器前波と石器後波のペア、農業前波と農業後波のペアの後で、最後の工業文明に到達しています。とすれば、工業文明にはもう一つ高度な段階、つまり「集約工業文明」が期待できます。私たちの生きている工業文明社会は、まだ粗放工業文明の段階に留まっており、次の段階では集約工業文明へ向かっていく、ということです。 

 
旧石器時代から縄文時代へ、平安時代から江戸時代へと時代が移行したように、昭和・平成時代の次には、もう一つ新たな時代が来る。そうなると、12800万人まで持ちこたえた人口容量を、22世紀以降には倍以上に引き上げていくこともできる、という大きな展望が生まれてきます。

2015年8月3日月曜日

世界波動と日本波動の関係は・・・

世界の人口波動(世界波動)と日本の人口波動(日本波動)の間には、どのような関係があるのでしょうか。


①双方に5つの波動(石器前波、石器後波、農業前波、農業後波、工業現波)が見られます。

②この背景には、〔人口容量=自然容量×文明〕という式で、右辺の文明が石器文明、農業文明、工業文明と進むにつれて、人口容量が増加してきたという推移が指摘できます。

③石器文明、農業文明、工業文明の、それぞれの詳細な内容については、世界と日本ではやや異なっていますが、基本的な構造においては共通するものがあります。

④石器文明、農業文明には、それぞれ前期段階(粗放段階)と後期段階(集約段階)の、2つの次元がありました。工業文明にも、次の段階が考えられます。

⑤石器文明(旧石器と新石器)によって石器前波と石器後波が生まれ、また農業文明(粗放農業と集約農業)によって農業前波と農業後波が生まれました。その後、工業文明の前段階(粗放工業)によって工業現波(工業前波)が生まれたと考えれば、今後は後段階(集約工業)によって工業後波が生まれることが予想できます。

⑥新たな文明によって人口容量が拡大している間は、世界波動も日本波動も、ともに人口が増加・成長しますが、人口容量の限界に近づくにつれて、停滞・減少へ移行しています。

以上のように、人類は文明の発展に伴って人口容量を拡大させ、それとともに世界においても、日本においても、人口の増加・成長と停滞・減少を繰り返してきました。5つの人口波動が共通する要因はここにあります。

こうした視点に立つと、1960年代から提唱されてきた未来学、例えばD.ベルの「脱工業社会(Post-Industrial Society論や、A.トフラーの「第三の波The Third Wave)」論などは、あまりにも皮相的な展望と思えます。

現在の工業文明の次に来る文明は、D.ベルのいうような、知識や情報が中心となった文明などではありません。また農業革命、産業革命の前に石器革命があったという「第一の波」を見落したA.トフラーが、「第三の波」と予測したような情報文明でもありません。

両者とも、次の文明を「情報や知識が中心となる文明」と考えているようですが、それは単に人口増加が終わった後の「一時期」を表しているにすぎません。

人口の長期的な推移から見れば、いずれの人口波動においても、人口の停滞・減少期は知識や情報の比重が高まっています。石器前波、石器後波、農業前波、農業後波のそれぞれの後半は、いずれも知識・情報の時代でした。「知識文明」や「情報文明」などというものは、決して未来の文明などではなく、それは人口波動の停滞・減少期の時代的特徴にすぎないのです。

現在の工業文明、つまり粗放工業文明の次にくるのは、もう一段階高度化した工業文明、つまり「集約工業文明」だと思います。