2017年1月7日土曜日

「75歳高齢者制」がようやく認知されてきた!(番外)

新たな年が始まり、マスメディアには、今後の社会を展望する記事や番組が溢れています。
そこで、今回は人口抑制装置論の展開を一休みし、あちこちで大きく取り上げられた「75歳高齢者制」について、筆者の感想を述べておきます。

1月6日の新聞各紙は、次のような記事を一斉に掲載しています。
 【75歳で高齢者、65歳は「准高齢者」・学会提言】 
日本老年学会など5日、現在は65歳以上と定義されている「高齢者」を75歳以上に見直すよう求める提言を発表した。医療の進展や生活環境の改善により、10年前に比べ身体の働きや知的能力が5~10歳は若返っていると判断した。
前期高齢者とされている65~74歳は、活発な社会活動が可能な人が大多数だとして「准高齢者」に区分するよう提案。社会の支え手と捉え直すことが、明るく活力ある高齢化社会につながるとしている。
65歳以上を「支えられる側」として設計されている社会保障や雇用制度の在り方に関する議論にも大きな影響を与えそうだ。(中略)
内閣府の意識調査でも、65歳以上を高齢者とすることに否定的な意見が大半で、男性は70歳以上、女性は75歳以上を高齢者とする回答が最多だったことも考慮した。
(日本経済新聞・2017年1月6日より抜粋)

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「75歳高齢者制」については、筆者も19年前に『
凝縮社会をどう生きるか』(NHKブックス、1998年)という本の中で初めて提唱して以来、一貫して主張してきました。

当初は反論や批判が多かったと記憶していますが、その後少しづつ賛成意見も増えてきました。ここにきて、ようやく多くの賛同者を得られたという思いです。

同書から関連部分を抜き出してみましょう。

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75歳高齢者制へ
もっとはっきりいえば、65歳以上の人たちを一律に高齢者とよぶこと自体が間違っている。国連統計や日本の人口統計でもほとんどがそうなっているから、つい確定的だと思いがちだが、決してそうではない。発展途上国では60歳以上の場合もあるし、先進国では70歳以上の場合もある

実をいうと、この定義は今から30年前の1960年代に、世界保健機構(WHO)が定めたものだ。当時のわが国では、平均寿命が男68歳、女73歳、平均70歳だったから、65歳で高齢者となっても、余生は僅か5年だった。そのうえ、当時は工業社会で筋肉労働が中心であり、65歳くらいが生産年齢の上限というのも頷けた。

だが、90年代の平均寿命は、男76歳、女83歳、平均80歳で、65歳で老人扱いでは、余生は15年にもなる。また産業構造はソフト化・情報化しているから、筋力や敏捷性が多少衰えても、頭脳が大丈夫ならまだまだ働ける。現に老人医療の第一線から、65〜74歳の身体は「中年のそれと大して変わらない」という証言もある。

そのうえ、21世紀の初頭からは、先の答申が指摘しているとおり、労働力人口も減少し、慢性的な人手不足となるから、中高年はもとより、専業主婦やフリーターの若者たちも、積極的に労働市場へ参加してもらわねばならない。そうなると当然、65歳以上の高齢者も有効に活用する体制が求められる。

このように見てくると、高齢者の定義は、60年代なみに余生5年を基準にして、75歳にまで上げるべきだろう。そうなれば、96年の高齢者比率(65歳以上は15.1%)は、2025年(75歳以上は16.1%)でもほとんど変わらず、年金問題などは縮小してしまう。

さらに国立社会保障・人口問題研究所の想定では、2025年には平均寿命が男78.8歳、女85.8歳に達するというから、 この変更は充分可能だろう。もっとも、1度に上げるのが 大変だというなら、図9―3に示したように、生産年齢人口を全体の約70%に維持するように、高齢者の下限を徐々に引き上げていけばよい。


これに伴って、今後の高齢化対策では、年金改革や増税対策以上に、高齢者の能力開発雇用機会の拡大などが重要な課題になる。例えば、職場環境を高齢者向けに整備したり、就業条件にも時間短縮、ジョブシェアリング、フレックスタイムなどを導入することだろう。

あるいは、体力知力に応じて、国・公立学校の教師や公務の一部などには、高齢者の雇用枠を義務付けたり、高齢者を雇う企業には減税をおこなうなどの対策も有効であろう。減少していく労働供給の中で、良質の若年労働力を生産性の高い分野に集中的に投入するためにも、こうした対応は絶対に必要になってくる。

結局、今後の高齢化対応政策では、若年労働力尊重、終身雇用、60歳定年制といった人口増加社会の常識を捨てて、中高年活用、人生数回定年制、高齢者再雇用など、人口減少社会に見合った方向へ、大胆に移行していくことが必要なのである。


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本書では、こうした発想を前提に、「年金制度の改革」「自己責任による積み立て方式」「65歳以上の就労枠拡大へ」「自ら新しい職場を創る」「生涯現役の多毛作人生へ」など、具体的な提案もしていました。

あれからすでに19年が過ぎましたが、この提言は今もなお十分に通用する思います。

というより、19年前にもし日本の政府が、社会の目標や諸政策の方向をこうした方向へ転換していたとすれば、人口減少社会や少産・長寿社会への不安など、とっくに消え去っていたのではないでしょうか。

そうと思うと、もっと強く主張するべきだった、と大変残念な気もしています。 

2016年12月30日金曜日

少子・無子夫婦はなぜ増えるのか?

「少産化」の背景として、一般的にあげられている要因のうち、出産適齢(15~49歳)女性人口の減少、結婚忌避者の増加に続いて、3番めは少子夫婦の増加、つまり「子どもを作らない夫婦が増えてきた」ことです。

「第15回出生動向基本調査(国立社会保障・人口問題研究所、2015)によれば、下図に示したように、夫婦の完結出生児数(最終的な出生子ども数の平均値)は1.94人で、2010年の1.96人に続いて2人を下回っています。

夫婦の半数以上(54.1%)が2人の子どもを持っていますが、子ども1人の夫婦の比率(18.6%)もまた上昇しているからです。

人口抑制装置という視点から見れば、これは人為的な抑制装置の作動であり、直接的抑制と間接的抑制の両面が考えられます。

直接的抑制とは、妊娠抑制(避妊、性交禁止)、出産抑制(堕胎、嬰児殺し)などをさしますが、これについては、すでに【
直接的抑制装置も作動している!】(2015年4月10日)の中で述べています。

間接的抑制とは、家族や子どもの価値の低下、家族の縮小、都市化の進行、社会的頽廃化などを意味しており、これまた大略については【
間接的抑制ではまず増加抑制装置が動いた!】(2015年4月17日)の中でデータなどを紹介しています。

両方を鑑みると、抑制装置は個々の夫婦の人生観や生活意識などのネウチ観と、子どもの費用・効果というネウチ観の比較の上で作動しているものと考えられます。

人口波動の進行によって、両者のバランスが微妙に変動し、それが有子・少子・無子という結果をもたらしているのです。

2016年12月18日日曜日

自我肥大度こそ結婚忌避の真因!

前回、「肥大化した自意識」と書きましたところ、さまざまなご批判やご意見をいただきましたので、もう少し説明を加えておきます。

人口波動と個々人の生活意識の関係については、図に示したように、「期待肥大値」と「自我肥大度」の2つが考えられます。

このうち、「期待肥大値」については、【現代日本の総期待肥大値を計る!】(2015年6月17日)の中で、すでに紹介しています。

「期待肥大値」とは、1人当たりの生きられる期待値(人口容量の上限/出生年の総人口)であり、生まれた時点で、自分の一生が何万人生きられる社会なるのか、どのくらいまで拡大していけるものなのか、などを“期待”する意識のことです。

具体的にいえば、戦前生まれの老人は人口容量7500万人を、また戦後生まれ中年は1億2800万人を、それぞれ前提にした生涯意識を持っている、ということです。

これを総計した値が、人口容量を越えるか否かで、その後の人口推移が決まってくると【
総期待肥大値を2110年まで展望する !】(2015年6月30日)の中で述べておきました。

一方、「自我肥大度」とは、各人が生まれた年の人口波動上の位置をさしており、その時点で、どれほどの豊かさ、どれほどの生活水準にあったか、を意味しています。これによって、各人の生活水準への意識レベルを測ることができます。

人口9000万人の1957年ころに生まれた人の意識より、人口1億2000万人の1984年ころに生まれた人の意識の方が、より肥大化しているということです。


個々人の意識が肥大化しているというよりも、生育した社会環境によって、自らそうした変化が生まれてくといえるでしょう。

このように考えると、「自由度の維持」や「結婚の不必要性」が増加する、結婚忌避志向の背景には、結婚適齢期に入った人々の「自我肥大度」が深く関わっているといわざるをえません。豊かな社会環境の中で、一度高度な生活水準を体験した人々ほど、そこから外れることを恐れるのです。

人口容量の上限が迫ってくる社会では、一方では一人当たりの生活容量が次第に少なくなりますが、他方では自我肥大度を膨らませた結婚適齢者が増えてきます。


そうなると、結婚適齢者は「自我肥大度を抑えて結婚し、生活容量を分け合う」か、「自我肥大度を守るため、結婚しないで生活容量を確保する」かの選択を迫られたうえ、後者を選ぶ人が増えてくるのです。

要約すれば、人口が増え、人口容量の上限に近づくにつれて、自我肥大度」は高まりますが、逆に「期待肥大値」は減少してきますから、前者が後者を圧倒するのです。

このように、結婚忌避志向の根源には、一人ひとりの個人を越えた、社会的な構造があります。これこそ、人間社会にも「人口抑制装置」が存在することの、紛れもなき証拠といえるでしょう。 

2016年12月6日火曜日

自己防衛意識が抑制装置を作動させる!

晩婚化・非婚化が拡大する背景には、「遭遇機会の減少」や「結婚資金の不足」などの社会・経済的条件の変化と、「自由度の維持」や「結婚の不必要性」などの個人的願望の変貌が、双方から絡まっている、と述べてきました。

前者のうち、「遭遇機会の減少」という社会的環境は、村落社会や企業社会といった、濃厚なコミュニティーが縮小し、地方出身都会人や非正規社員など、自由度は増したものの、孤立して生活する青・成年層が増加した結果と考えられます。

また「結婚資金の不足」という経済的環境は、長引くデフレ経済のもとで、青・成年層の所得停滞が長引いているためでしょう。

一方、後者のうち、「自由度の維持」という個人的条件の変化は、比較的豊かな生育環境の下で成長してきた対象層の、生活欲望が拡大した結果といえます。上の年齢層の意識に比べて、個人的自由度への願望は限りなく肥大化しているのです。

また「結婚の不必要性」という個人的願望の変化もまた、従来の固定した家庭観へ見切りをつけ自律あるいは孤立した人生を望む人たちの増加を示しています。

このように考えると、結婚の外部的環境では、大都市という居住環境や人口容量の伸び悩みという抑制装置が暗黙のうちに作動しています。また個人的条件の変化では、肥大化した自意識が人口容量の壁にぶつかることで、人口を抑えるという抑制装置を自ら作動させています。

要するに、人口容量に余裕がなくなった社会では、一人一人の個人が己を守ることに懸命となるという鍵が働くことで、さまざまな人口抑制装置が作動し始めているのです。

2016年11月28日月曜日

非婚者が急増しているのは・・・

②の「晩婚・非婚者の増加」は、人為的(文化的)抑制の典型といえるでしょう。

具体的なデータについては、【
間接的抑制ではまず増加抑制装置が動いた!】(2015年4月17日)ですでに紹介しています。


最新の動向を「第15回出生動向基本調査」(国立社会保障・人口問題研究所・2015年)で確認しておきましょう。

生涯未婚率(50歳時の未婚率)は、1990年以降一貫して上昇しており、2015年には男性で22.77%、女性で13.32%に達しています。

②18~34歳で「一生結婚するつもりはない」の比率も、1997年以降一貫して上昇しており、2015年には男性で12.0%女性で8.0%に達しています。
③「結婚することに利点がない」と感じている未婚男性は、おおむね4割台で漸増していますが、未婚女性は2000年以降、2割台で漸減しています。


④「結婚できない理由」では、男性が「めぐり合わない」と「結婚資金が足りない」を、女性が「めぐり合わない」をあげています。また「結婚しない理由」では、男性も女性も「自由や気楽さを失いたくない」「まだ必要性を感じない」をあげています。



以上のデータから、晩婚化・非婚化が拡大する背景を考えてみると、一方では「遭遇機会減少という社会的環境」や「結婚資金不足という経済的環境」などの社会的条件の変化があり、他方では「自由度の維持」や「不必要性」などの個人的願望の変貌が、それぞれ潜んでいるようです。

どちらもまた、人口容量の飽和期に現れる人為的抑制装置の、現代的な出現と理解すべきでしょう。

2016年11月18日金曜日

出産適齢女性人口はなぜ減るのか?

「少産化」の背景として、一般的にあげられている要因は、次の3つです

①出産適齢(15~49歳)の女性人口が減ってきた。
②晩婚や非婚を選ぶ人たちが増えてきた。
③結婚しても子どもを作らない夫婦が増えてきた。

人口抑制装置という視点でいえば、①は生理的(
生物的)抑制であり、②③は人為的(文化的)抑制です。


①の「出産適齢にあたる女性人口が減ってきた」ことは、先に述べたように、現代日本の人口集団が数十年の間に徐々に構造変化を続けてきた結果といえるでしょう。

この事象を「生理的(生物的)抑制」とみなすのは、一つの人口容量の中で一定の人口集団が増加・停滞・減少という過程を辿る場合、その内部では年齢構成が徐々に上昇していかざるをえない、という理由があるからです。

人口集団が
修正ロジスティック曲線を辿って増えていく場合、人口容量の上限に近づくと、出生数の減少で若年層の減少が、また死亡数の増加で老年層の減少がそれぞれ始まります。
 
内部の年齢構成では、曲線の進行につれて、
若年>老年 ⇒ 若年=老年 ⇒ 若年<老年
となるのが一般的ですから、逆ピラミッド化が次第に加速ていきます。

このため、人口が停滞・減少過程に入ると、さらに逆ピラミッド化が進み、それに比例して出生数もさらに減ことになります。

実際、下図に示したように、現代日本でも1990年以降、出産適齢女性人口の減少にほぼ比例して出生数もまた減少しており、この傾向は今後ますます強まっていくことが予想できます。
こうした意味において、出産適齢女性人口の減少=出生数の減少は、自然環境と生物の個体数の間の、いわば必然的な宿命を示している、ともいえるでしょう。

2016年11月11日金曜日

〈増加抑制装置〉も作動している!

人口減少の2つめの要因は、いうまでもなく〈増加抑制装置〉の作動です。

人口が人口容量の上限に近づくにつれて、日本列島に住む人々の集合的無意識の中に予め備えられていた増加抑制装置、つまり増加を抑えようとする力が作動したのです。

増加抑制装置にも、生理的=生物的抑制装置人為的=文化的抑制装置の両面があります。




 
生理的抑制装置では、出産適齢女性人口の減少や生殖能力低下などが考えられます。

前者については、現代日本の人口集団が数十年の間に徐々に構造変化を続けてきた結果といえるでしょう。

後者については、精子減少、排卵減少、性交不能、不妊症、生理不順、流産・死産の増加などが始まっている可能性があります。

このうち、不妊症と流死産の増加については、◆
生物的抑制が始まっている!(2015年3月31日)でデータをあげています。
人為的抑制装置では、直接的、間接的、政策的の3次元で抑制が始まっています。

1番目の直接的抑制では、妊娠抑制(避妊、性交禁止)、出産抑制(堕胎、嬰児殺し)などは始まっています。

このうち、堕胎=人工妊娠中絶件数の動きについては、◆
直接的抑制装置も作動している!(2015年4月10日)の中で述べています。

2番目の間接的抑制では、経済的な生活圧迫をはじめ、結婚抑制、家族・子どもの価値の低下、家族縮小、都市化、社会的頽廃化などが進んでいます。

このうち、結婚抑制、家族・子どもの価値の低下、家族縮小については、◆
間接的抑制ではまず増加抑制装置が動いた!(2015年4月17日)でもデータを紹介しています。

3番目の政策的抑制では、筋違いの出産奨励政策がむしろ少子化を加速しています。

この点については、今後のブログで詳しく検討していきます。

以上のように、現代日本では、人口増加を抑える装置もまた、速やかに作動しているのです。