2017年3月10日金曜日

変曲点への対応が違った!

日本は、食糧の国内自給の上限7200~7500万人が次第に迫ってきた1910~40年代にはナショナリズム覇権主義を強めました。

同じ時期に、ドイツ、イギリス、フランスなど、ヨーロッパ主要国の人口も、図に示したように停滞を経験しています。


この40年間は、第1次世界大戦から第2次世界大戦に至る時期であり、その影響がさまざまな形で各国の人口に及びました。

一定の人口容量のもとで増加していく人口は、
修正ロジスティック曲線を辿りますが、その真ん中あたりで急増から漸増へと移行する変曲点を通過します。

科学技術と国際化を基盤とする「加工貿易文明」によって、それぞれの人口を増やしてきた、ヨーロッパの先進諸国もまた、この時期に変曲点に差し掛かりました。

その時、イギリスやフランスなどはいち早く植民地の拡大に邁進し、加工貿易体制による人口容量拡大路線を維持しました。
だが、体制作りにやや遅れたドイツ、イタリア、スペインなどは、領土や植民地などの再分割を求めざるをえませんでした。その衝突が2つの大戦を引き起こしたのです。

日本もまた、この変曲点を海外進出によって曲がりきろうとしました。

ただスウェーデンだけは、未だ変曲点に到らず、両大戦を中立国として躱しました。

このように考えると、2つの戦争とは、産業革命による工業化によって人口容量を増やしてきたうえ、素材や食糧を海外で調達できる体制をいち早く作り上げた国家群と、それに乗り遅れた国家群の間で起こった軋轢や摩擦が、やむなくも行き着いた結果だったのです。

いいかえれば、第1~2次大戦とは、それぞれの人口容量に対応する、各国の戦略の差異が衝突した、不幸な結果だった、といえるでしょう。

2017年3月3日金曜日

容量オーバー時の対応経験で分かれる!

ヨーロッパ諸国では、人口容量のピークを経験しているか否かによって、合計特殊出生率の高い国と低い国の2グループが生まれているようです。

容量のピークを超えたドイツ、スペイン、イタリアは低出生率国となり、ピークをまだ超えていないスウェーデン、フランス、イギリスは高出生率国だ、ということです。

下に掲げた2つのグラフを改めて比較してみると、このことが容易にわかります。

 


人口容量のピークの前後が、なぜ出生率に影響するのでしょうか。

低出生率国に入った国々を見て、すぐに気がつくのは、ドイツ、イタリアおよび、同じような推移を辿っている日本が、いずれも第2次世界大戦の開始国であり敗戦国であることです。スペインもまた、同じ時期にフランコ政権によるファシスト体制を経験しています。

こうした経験がなぜ出生率に影響しているのか、さまざまな推測できますが、「人口波動説」から考えると、人口容量オーバーへの対応経験の差ではないか、と思います。

さまざまな動物の世界では、それぞれの個体数が
キャリング・キャパシティー(Carrying Capacity;個体数容量)を超えてしまうと、大量死や集団離脱など、かなりラディカルな対応によって容量の内側へ戻る、という事例が数多く報告されています。

人間の場合も、形は変わりますが、同じような現象が現れる可能性が十分にあります。

低出生率国である日本の推移を振り返ってみると、食糧の国内自給の上限であった7200万人に達した1930年代、海外移民から海外派兵まで、軍事力による対応を強め、その結果として敗戦と大量死という悲惨な結果を味わっています。

その後は加工貿易体制に切り替えることで、ほぼ倍近い容量を作り出すことにとりあえず成功しましたが、それでも容量への対応を誤ると、再び大量死に至るという体験は、国民の潜在的無意識の次元にまで染み透り、幾重にも蓄積されています。

このトラウマが、再び容量のピークに差し掛かった時、個人から社会までさまざまな局面に出現して、人口増加を抑え込むのではないでしょうか。

ヨーロッパの国々でも、同じような経験が出生率を抑え込んでいるのでは、と推測できます。

2017年2月22日水曜日

人口ピークも2極化していた・・・ヨーロッパ

ヨーロッパ諸国の合計特殊出生率は2極化しており、その背景については、出産支援策の得失から国民性による選択に到るまで、さまざまな見解が展開されています。

しかし、これらの見解から外れている事象も幾つか指摘されており、単純には説明できないようです。本当の要因は一体どこにあるのでしょうか?

そこで、筆者は「人口容量」という、まったく別の視点から説明してみたいと思います。

まずヨーロッパ主要国の人口の推移と予測を、1970年を基準にして、2100年まで展望してみると、下図のように描けます。




一目でわかるのは人口のピーク時点です。ドイツは2005年前後、スペインは2010年前後、イタリアは2015年前後、そして参考までに加えた日本も2010年前後であり、いずれも21世紀初頭にピークを迎えています。

一方、スウェーデン、フランス、イギリスはなお伸び続けており、ピークに到るのは22世紀以降となる模様です。

人口ピークとは、人口容量の上限を意味していますから、ドイツ、スペイン、イタリアはすでに容量の上限に達した国であり、スウェーデン、フランス、イギリスは未だ容量の上限に達していない国ということになります。

繰り返しますが、
人口容量とは【自然環境×文明】ですから、特定の時代の一国の人口容量は【国土の自然環境×現在の文明】で決まってきます。

自然条件や国土環境が類似したヨーロッパの国々であっても、それぞれの自然条件・国土面積・伝統的文化・国民感情など広義の自然条件と、物質的・経済的・社会制度的な広義の文明の組み合わせによって、それぞれの人口容量は自ら異なってきます。

その結果、人口容量の上限に早く達する国と、上限に遅れて達する国が生まれたようです。ドイツ、スペイン、イタリアはすでに容量の上限を経験した国、スウェーデン、フランス、イギリスは未経験の国ということです。

この2極化こそ、合計特殊出生率の2極化の真因ではないでしょうか。

先にあげた「
合計特殊出生率で2つに分かれる」のグラフと、上記のグラフを比べてみれば、人口ピークの2グループと合計特殊出生率の2グループがぴったり一致していることがわかります。

とすれば、「合計特殊出生率の2極化の要因は、人口ピーク前後の2極化にある」とも考えられます。人口ピークを経験した国では出生率が低く、未経験の国では出生率が高いのです。

では、なぜ人口ピークの経験の有無が合計特殊出生率の偏差を生み出すのでしょか。次回以降で考えてみましょう。

2017年2月18日土曜日

合計特殊出生率で2極化するヨーロッパ主要国

少子化対策の是非が議論される昨今、フランスやスウェーデンなど、ヨーロッパ先進国の成功事例を、わが国にも導入すべきだ、との意見が高っています。

本当にそうなのでしょうか。

ヨーロッパ主要国の合計特殊出生率の推移を眺めてみると、2つのグループに分かれています。


フランス、スウェーデン、イギリスの高グループと、ドイツ、イタリア、スペインの低グループです。日本の出生率も低グループと同じです。

なぜ2つに分かれるのでしょうか。

フランスやスウェーデンでは、現金給付と現物給付の両立支援」が成功し、ドイツでは現金給付が中心で成果が出なかったため、とか、イタリアやドイツでは伝統的家族観」が強く、良妻賢母が貴ばれているせいだ、などと説明されています。

しかし、現金給付が中心のイギリスも高グループに入っており、地縁共同体が
強いゆえにスペインは低グループに留まっている、との指摘もあります。

スウェーデンでは、1980年代に両立支援を強化して、90年前後に出生率を一気に高めはしましたが、その後の財政破綻で支援を弱めると、5年ほどで急低下させました。


この経緯については、筆者は17年前、「中央公論」(2000年12月号)に「スウェーデン・モデルの失敗」と題して寄稿しています。もっとも、2000年以降は順調に回復させ、今では高グループに入っています。

このように、高低両グループの要因は、支援策の有効性から伝統的な国民性に到るまで、極めて多岐にわたっており、単純には説明できないようです

本当の要因は一体どこにあるのでしょうか?

2017年2月10日金曜日

少子化対策の本質と限界

少子化対策といわれる結婚・出産促進策で、人口容量の限界で作動した人口抑制装置を覆すことができるのでしょうか

人口抑制装置とは、幾度も述べてきたように、あらゆる生物に生得的に組み込まれた個体数調整のしくみです。

キャリング・キャパシティー(生存容量)が満杯に近づくにつれて、その範囲内に収まるように、さまざまな種はそれぞれの数を抑え込んでいきます。

もし個体数が容量を超えてしまえば、やがて大量死をもたらすことになりますから、予めそれを抑えようとするのは、危機的状況を避けるための、生得的な“知恵”ともいえるでしょう。

つまり、個体数抑制装置とは、一定容量下に生息する生物集団にとって、破滅的打撃を避けるための遺伝的なしくみなのです。


人間の場合も、こうした装置は当然、生理的次元に組み込まれていますが、さらに文化的(人為的)次元でも作動しています。要するに、人間では生理的抑制と文化的抑制の二重の装置が働いているのです。

この人口抑制装置には、すでに【
人為的抑制装置には3つの次元がある!】で述べたように、出産や転入などを抑える増加抑制装置と、死亡や転出などを促す減少促進装置の両面があります。

一方、昨今喧伝されている少子化対策は、この増加抑制装置の作動を抑えようとするものです

人口減少は社会的混乱を招くおそれがあるから、これまで続いてきた社会構造をなんとか維持するために、人口を保持・増加しようとするものです。

極論すれば、現代の日本人が長期的・無意識的次元で選んでいる人口増加抑制行動を、短期的・意識的(意図的)な次元でひっくり返そうとする人口再増加行動ともいえるでしょう。

それゆえに、少子化対策はほとんど効果を上げられません。




図に示したように、そのほとんど全ては間接的抑制装置の作動に向けられており、それがもし成功したとしても、その効果が限られたものなのです。

というより、近視眼的・部分的視点で立案された対応策では、ほとんど効果は上げられないともいえるでしょう。

人口抑制装置の作動とは、それほど単純に抑えられるものではないのです




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2017年2月4日土曜日

少子化対策で出産は増えるのか?


昨今のわが国では、出生数が減り続けているため、さまざまな出産奨励策が展開されます。

その中核となる、政府の「少子化社会対策大綱(2015年3月20日閣議決定)では、次のような重点課題が立てられ、それぞれに対応する政策が計画されています。

子育て支援施策の一層の充実・・・子ども・子育て支援新制度の円滑な実施、待機児童の解消、「小1の壁」の打破 

若い年齢での結婚・出産の希望が実現できる環境の整備・・・経済的基盤の安定、結婚に対する取組支援 

多子世帯への一層の配慮で3人以上子供が持てる環境の整備・・・子育て・保育・教育・住居など様々な面での負担軽減、社会の全ての構成員による多子世帯への配慮の促進 

男女の働き方改革の推進・・・男性の意識・行動改革、「ワーク・ライフ・バランス」・「女性の活躍」の推進 

地域の実情に即した取り組みの強化・・・地域の強みを活かした取組支援、「 地方創生」と連携した取組の推進


これまで述べてきた人口抑制装置の視点で考えると、これらの対策は果たして効果があるのでしょうか。
 



① 「
出産適齢女性人口の減少」は、一定の人口容量の中で人口集団が増加・停滞・減少という過程を辿る場合、年齢構成が徐々に上昇していくという生理的装置の結果であり、大綱の諸対策では如何ともしがたい

② 晩婚化・非婚化が拡大する一因が、
「遭遇機会減少という社会的環境」や「結婚資金不足という経済的環境」などの社会的条件の変化であるとすれば、大綱の諸対策はそれなりの効果が期待できる

③ もう一つの要因が
「自由度の維持」や「不必要性」などの個人的願望の変貌である以上、大綱の諸対策の効果はほとんど期待できない

④ 結婚・出産の外部環境で
「大都市という居住環境」や「人口容量の伸び悩み」という抑制装置が暗黙のうちに作動している以上、大綱の諸対策の効果はほとんど期待できない

⑤ 結婚・出産の個人条件で、個々人の「自我肥大度」は高まるものの「期待肥大値」は減少するため、
自己保守意識が拡大している以上、大綱の諸対策では如何ともしがたい

⑥ 少子・無子化が拡大する一因が、
「夫婦の人生観・生活意識と子どもに対する費用対効果の比較」であるとすれば、大綱の諸対策それなりに効果が期待できる

⑦ もう一つの要因が
「夫婦の自我肥大度」と「子どもの期待肥大値」の比較である以上、大綱の諸対策の効果はほとんど期待できない

以上のように、少子化社会対策大綱の諸対策では、一部の効果は予想されるものの、人口抑制装置の本質的な作動に対抗することはほとんど不可能であり、結婚の促進も出産の増加もともに期待できないといえるでしょう。





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2017年1月20日金曜日

子どもを作るか・生活水準を守るか?

人口容量が限界に達した社会で生きる人々は、自らの生活水準をいかに維持するかということに、極めて敏感になってきます。

とりわけ出産適齢期の夫婦では、それが強く意識されます。つまり、子どもを作るか、自分たちの生活水準を維持するか、という厳しい選択を問われるからです

人口抑制装置という視点から見ると、この選択には2つの次元が含まれています。

一つはマクロな次元・・・

人口容量が増えない以上、夫婦は自らの生活水準を削って子どもを作るか、生活水準を優先して子どもを作らないかという選択を迫られます。

人口容量の上限に近づくにつれて、一人当たりの生活水準が抑えられてきますから、前者より後者を選ぶ夫婦が次第に増えてきます

もう一つはミクロな次元・・・

多くの夫婦は自らが享受している生活水準とほぼ同じ水準を子どもにも与えたい、と考えていますが、人口容量の分け前が急減している社会では、ほとんどそれが不可能になってきます。

前者は夫婦自身が生まれた時の「自我肥大度」(
自我肥大度こそ結婚忌避の真因!・参照)がほぼ達成された水準ですが、後者は子ども自身の「期待肥大値」(現代日本の総期待肥大値を計る!・参照)であり、前者に比べてはるかに低い水準となります。


マクロ、ミクロの両面から、多くの夫婦は自らの立場とともに、子ども自身の立場を考えても、常にこうした選択を迫られます

そのことが多くの夫婦に対して、出産へ踏み切ることを躊躇させるようになるのでしょう。