前回、気候変動と人口波動の関係を確認してきましたので、先に述べた「石器前波」についても、改めて気温激動の影響を考えてみましょう。
下図に示したように、地球の気候変動を振り返ると、最終氷期(Last Glacial Period)は、およそBC80000年に始まり、BC20000年ころに最低となり、BC10000年ころに終了した、と推定されています。一方、現生人類(ホモ・サピエンス:Homo sapiens sapiens)の人口を示す石器前波は、BC40000年ころに始まり、BC10000年ころに終わったようです。
一目すると、両者の間には逆比例の関係があるようです。気温の低下傾向に伴って人口は微増から増加に移り、気温の急上昇に伴って人口は停滞から減少へと向かっているからです。
とすれば、両者の間には、どのような関係があったのでしょうか。幾つかの仮説を提案してみましょう。
➀BC66000~BC40000年
最終氷期間のBC66000年頃に−4.5度となった気温は、その後やや上昇し、BC40000年ころまで乱高下を繰り返しています。こうした気温変化に促されるように、人口は徐々に増加し始めています。 なぜなのでしょう?・・・気温乱高下に伴う、居住環境や採集食物などの激変に対応するため、人類集団は「身分け」が捉えた事象のさらなる共有化を図ろうと、「言分け」による深層言語を進展させ始めた、ということではないでしょうか。 深層言語の形成は、おそらくBC70000~BC50000年前ころから進展し始め、BC40000年ころにはホモ・サピエンスの間へ幅広く浸透していった、と推定されます(言語生成・新仮説Ⅴ)。 当時の生活資源は狩猟採集が中心で、人々は定住せず、獲物や植物性食料を求めて季節ごとに移動する遊動生活を送っていました。激変する気候に対し、採集方法の対応が必要でしたから、人々は深層言語の普及によって、石器という生産手段の開発と共用化を促されたものと思われます。 |
➁BC40000~BC20000年
BC40000年頃からの気温急低下にもかかわらず、人口はBC25000年ころまで急上昇を続けています。 最終氷期には、世界各地が巨大な氷床に覆われました。氷床の拡大と後退で、陸橋形成や海岸線の変化を引き起こし、動植物の分布にも影響を与えました 陸橋形成に伴って、動植物の世界拡散が段階的に生じるとともに、ホモ・サピエンスもまた中央アジアや西アジアからヨーロッパへと移動した、と推定されています。 このことは、環境悪化に対応する手段、つまり深層言語と旧石器の共有化が浸透することで、人類は居住地域を拡大し、人口増加を続けた・・・と推定されます。 |
➂BC20000~BC10000年
BC20000年ころから気温は急上昇し、BC12000年ころに0度を超えたにもかかわらず、人口は横ばいから幾分低下していきます。 旧石器文明の浸透と限界により、人口容量の上限に達したためと思われます。 このことを裏付けるのは、旧石器文明の推移です。BC20000~BC15000年にかけてフランス南西部やイベリア半島を中心に栄えたソリュートレ文化は、実用的な道具の洗練度が際立っています。 その一方で、BC15000~BC10000年にかけて存在したマドレーヌ文化では、約BC13000~BC10000年に描かれた洞窟壁画(ラスコー=フランス、アルタミラ=スペイン北部、ペシュメルル=ドルドーニュ)などでは、豊猟を祈る呪術的な目的や精神活動の痕跡が窺えます。まさに深層言語の一つ、形象表現です。 このことは、人口容量が飽和化するとともに、文明の方向がモノからコトへ移行していくことを示しています。 |
以上のように、自然現象と人口波動の関係を見てくると、気候変動は人類にマイナス現象を及ぼしますが、他方ではそれに対応した識知や文明などを創り出すというプラスの側面もありうる、という仮説が成り立ちます。

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