前回、石器前波の成立構造を分析していると、前提として地球環境の変化、つまり気候変動の影響が現れてきました。
人口波動は人口容量(自然環境×文明)の変化で形成されていますから、気候の変動はそれなりの影響をもたらすでしょう。
そこで、今回は人口波動が始まったと推定される5万年前からの平均気温と人口波動の関係を整理しておきます。
気象学や気候学の、さまざまな研究成果に基づいて、5万年前からの気温の推移を抽出し、人口波動と同様の年代逆対数グラフで描き出してみると、下図のような、2つの曲線が浮かんできました。
ざっと見れば、地球の気温は約70000年前から低下し続け、BC19000年ころに反転して、その後、約20000年の間はほぼ横ばいとなりました。1900年代中葉にやや上昇して一旦は落ち着いたものの、その後半から徐々に上昇を続けています。
人口との関係を見ると、BC19000年ころから上昇した気温に乗って人口が増え始め、BC10000年前頃からの安定化とともに石器や農業による人口波動が浮上しました。その後、AD1300年ころからの不安定化にも関わらず、工業による波動は上昇し続けましたが、その影響によって気温上昇を招いているようです。
以上のような気候変動と5つの人口波動との関係を、とりあえず整理しておきましょう。
前回指摘したように、およそ70000年前に始まった最終氷期(Last Glacial Period)は、BC19000年ころに最低期を迎え、BC10000年ころに終了しています。 この間のBC41000年ころ、現生人類(ホモ・サピエンス)は中央アジアや西アジアからヨーロッパへと移動した、と推定されています。 生活資源は狩猟採集が中心で、定住はせず、獲物や植物性食料を求めて季節ごとに移動する遊動生活を送っていました。 |
➁石器後波時代(BC10000~BG3500)
BC8000年前から徐々に気温が上がり、BC7000〜BC4000年前頃に頂点を迎え、現在より1〜2度ほど高かった、と推定されています。 これにより、BC6000~BC4000年頃には森林が拡大し、人類は狩猟採集から定住へと移行し始めます。 |
➂農業前波時代(BG3500~AD400)
BC4000~AD1000年までは、地球の公転軌道の変化などにより、数百年単位で小規模な温暖化と寒冷化(中世温暖期や小氷期など)が繰り返されました。 BC2000~BC500年になると、やや温暖な状態が続いた後、AD元年に向けて徐々に気温が低下し、海水面も現在とほぼ同様になりました。 BC9000年頃に始まっていた農業牧畜は、BC5000年ころから拡散し始め、AD元年ころに世界中に広がりました。 |
➃農業後波時代(AD400~AD1400)
約100年前のAD540年代は「過去2000年で最も寒冷な10年」ともいわれ、夏の異常低温、農作物の不作、飢饉が広範囲で発生しました。 この寒冷化とほぼ同時期(AD541年〜)に地中海世界で「ユスティニアヌスのペスト」が大流行し、人口が大きく減少しています。気候不順と疫病の連動が、社会の動揺を増幅したようで。 AD950~AD1250年になると、北大西洋周辺などで比較的暖かい「中世温暖期(Medieval Warm Period)」が訪れ、農業が大幅に発展しました。 |
➄工業現波時代(AD1400~AD2100)
AD1450~AD1850年には小氷期となり、世界各地で寒冷化が進みます。主因は火山活動や太陽活動の低下などと推定され、ヨーロッパ各地では凶作や飢饉、氷河の前進、冬の厳寒などが記録されています。 それでも、工業現波は上昇を続けていたためか、AD1850年以降になると、気温は急速な温暖化に転じ、約1.2~1.3℃上昇しました。このため、熱波、豪雨、海面上昇、生態系への影響が顕著になってきました。 |
以上のように、気候変動と人口波動の間には、微妙な関係が見られます。
次回の石器後波成立仮説からは、それぞれの波動毎に気候変動と成立条件の関係を多面的に考えていきます。

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