人口波動法では、世界人口の4つの波動の飽和期をモデルに、工業現波の飽和期(2020~2070年頃)の社会を予測できる、と考えています。
とりわけ最も近い農業後波(AD400~1400年)の飽和期(1300~1350年頃)が、最適のモデルとして浮上してきます。歴史学上「中世後期(late middle ages)」ともよばれている、この時代は一体どのような時代だったのでしょうか。
前回述べた「飽和期の基本構造」に基づき、当時の人口推移をリードしたヨーロッパを中心に、主な事象を挙げてみましょう。
●人口容量の限界化
➀自然環境の悪化・・・1300年ころに始まった寒冷化、いわゆる小氷期の開始で、集約農業の基本である農業牧畜に多大な影響が及びました。ヨーロッパ諸国では大飢饉が続き、1315~17年には150万人もの餓死者が出ています。 ➁主導文明・農業革命の終了・・・当時のヨーロッパでは、11世紀以降の大開拓時代が終わり、条件の悪い土地にまで農地が広がっていたうえ、中世の農業革命による食糧生産力も飽和状態に近づいていたため、気候条件の悪化によって忽ち凶作と飢饉が現れたのです。 ➂国際環境の変化・・・13世紀から続いてきたモンゴル帝国によるユーラシア大陸支配、いわゆる「パクス・モンゴリカ」が終わり始め、1350年代以降は大陸各地で紛争の続く「ポスト・モンゴリカ」の時代へ向かいました。アジア各地でも、中国の明王朝(1368年)、中央アジアのティムール朝(1369年)など、新しい国家が次々に誕生しました。 ➃国家体制の変化・・・以上のような変化が、ヨーロッパ諸国にも危機意識を高めさせ、それまでの封建領主制から、君主が絶対的な権力を行使する絶対王政へと、統治体制の転換を促しました。 |
こうして人口容量の限界が近づくと、社会的混乱と時代識知動揺の、2つの現象が生まれました。
●社会的混乱
➀パンデミックの蔓延・・・強烈な伝染病、ペスト(黒死病)は、モンゴル帝国の築いた交易路「シルクロード」に乗って、1347~48年にイタリア、フランスに上陸し、3年余の間に全ヨーロッパを席巻しました。1340年頃に約7,400万人に達していたヨーロッパの人口は、その後10年間で約5,100万人に急減しています。その後も1350年代、65年前後、80年代前半、95年前後と、ほぼ10年間隔で流行を繰り返した結果、ヨーロッパ全体で100年間に約2,000万人が死亡し、14世紀末まで死亡数が出生数を上回った状態が続きました。 ➁教会大分裂(1378~1417年)・・・ペスト(1347~51年)が蔓延する前の1309年から、ローマ教皇クレメンス5世はフランスのアヴィニヨンに幽囚され、神聖ローマ帝国に侵略されたローマには帰れない状態が続いていました。ペストが一旦終息した後の1377年、教皇グレゴリウス11世はローマへ戻りましたが、翌年没したため、1378~1417年の約40年間、ローマ教会はアヴィニヨンとローマに教皇が並び立つ大分裂(大シスマ)となり、その権威は次第に失墜しました。 ➂英仏百年戦争(1339~1453年)・・・寒冷化の影響で飢饉が進む中、1339年、イギリス王家とフランス王家が領土問題や国王継承権などを巡って抗争を始め、ペストが収まった後の1360年に一旦は講和に至りました。しかし、1369年から再び戦乱が始まり、休戦、再戦を繰り返して、1453年の終結まで、ほぼ100年の間、戦争を続けました。要因の一つは、王侯間の調停役を務めていたローマ教皇が、アヴィニヨン幽囚や教会大分裂によって、まったく介入できなかったためです。 ➃英仏農民反乱(1358年、1381年)・・・百年戦争による社会的混乱に加え、ペストの流行で農民人口が激減すると、労働力不足に悩んだ領主層は農民の移動の自由を奪って、再び農奴制を強化しようとしました。これに反対した農民層は、1358年にフランスでジャックリーの乱、1381年にイギリスでワット=タイラーの乱など、農民反乱を蜂起しました。2つの反乱は間もなく鎮圧されましたが、この動きが継続するにつれて、農奴から解放され、自由を獲得した自営農民層が次第に増えていきます。すると、貨幣所得の上昇に促されて、農村から都市へと移動する農民層も増加し、中世的な村落共同体は次第に解体されていきます。 |
●時代識知動揺
➀リリジョン識知の衰退・・・ローマ教皇のアヴィニヨン幽囚(1309年)から、カトリック教会の大分裂(1378年)に至る過程で、農業後波の基本的な識知である宗教的知性は次第に衰弱していきました。キリスト教の識知基盤である「神地二国論」は、現実としての世俗的な世界が、理想としての神聖な世界をめざすべきだ、という世界観でしたが、この目標が薄れてきたのです。 ➁イタリアン・ルネサンスの萌芽・・・都市の拡大と共に12~13世紀、イタリアではヴェネツィアやフィレンツェなどに都市共和国(Comune)が出現し、新たな市民文化が成長してきます。14世紀初頭からダンテ(1265~1321)、ペトラルカ(1304~1374)、ボッカチォ(1313~1375)らにより、まずは文芸においてルネサンスが始まりました。中世の神学的識知から脱却し、人間の個性と感情を重視する人間主義(ヒューマニズム)へと転換し始めます。大局的に見れば、農耕牧畜という文明が物量的拡大の限界に達したため、情報的深化へと移行していた、ともいえるでしょう。 |
以上のような現象が、農業後波の飽和期(1300~1350年頃)には起こっています。これらをモデルとすれば、工業現波の飽和期(2020~2070年頃)はどのような時代となるのでしょうか。
