2019年7月26日金曜日

分節化から合節化へ!

「時代識知」という言葉に求められる、第4の要件は「世界を理解する受動的な次元に加え、世界に働きかける能動的な次元もまた意味している」という事項です。

第3の要件であった、世界を「分節的(articulating)なストラクチャー(structure)」で捉える行為というと、さまざまな対象を言葉によって細かく分節化することで理解を深めていく、というように、どちらかといえば、受動的な行為のように思われがちです。

しかし、言葉による「識知」には、まずは「分節化」で仕分けした対象へ、今度は「合節化(conjugating)」によってさまざまに組み合わせるという能動的な側面があります。

「合節化」という言葉は、哲学史や思想史の中で当然使用されていると思っていたのですが、浅学菲才の筆者の探索では見つかりませんでした。それゆえ、この言葉は筆者の造語ですので、以下はその前提でご笑覧ください。

具体的な事例を挙げておきましょう。

①「」という対象を分節化した「石刃」と、「」を分節化した「」を「合節化」することで、新たな対象「石槍」を創り出します。

②「」という対象を分節化した「粘土」と、「物いれ」を分節化した「」を「合節化」することで、新たな対象「土器」を創り出します。

③「」という対象を分節化した「家畜」と、「山野」を分節化した「牧地」を「合節化」することで、新たな対象「牧畜」を創り出します。

④「大気」を分節化した「蒸気」と、「動き」を分節化した「回す」を「合節化」することで、新たな対象「蒸気機関」を創り出します。

①と③を図化しておきましょう。


つまり、「識知」という行為は「分節化」と「合節化」の合体したものということができるでしょう。

それゆえ、「識知」によって、新たな技術新たな考え方、つまり新たな文明が生み出されることになるのです。

これこそ「時代識知」という言葉が求めてきたターゲットの一つでしょう。

人類の発展は言葉によるものか道具によるものか、という議論があちこちで行われていますが、以上のような視点に立てば、道具の発展の前に言葉による思考があったと考えるべきでしょう。

勿論、ここでいう「言葉」には、【
識知」が作り出す、3つの世界とは・・:2019年7月5日】で述べましたように、言語に育つ前の未言語も含まれています。

つまり、「言葉」能力とは未言語を含む識知状態、いわば想念や観念を意味しているのです。

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