言語の起源を「動物起源論➔連続性理論」と「言語神授説➔不連続性理論」の両面から眺めてきました。
両方の理論には厳しい対立が続いてきたようですが、最近では前回述べたように、統合的な視点も提案されています。
「広義の言語能力」は人間と他の動物が共有している能力であり、「狭義の言語能力」は人間のみが有している言語能力である、という視点です。
こうした視点を背景に、不連続理論の最先端では、遺伝学的な推定論が展開されています。初期のホモ・サピエンスの元の幹集団で、最初の分裂がいつ起こったのかという遺伝子分析の成果を基に、言語の起源を推定しようというものです。
https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2025.1503900/full
2025年の春、マサチューセッツ工科大学・言語学科の宮川茂名誉教授の研究グループは「言語能力は、13万5000年前のホモ・サピエンスの人口に存在していた」という論文を発表しました(Linguistic capacity was present in the Homo sapiens population 135 thousand years ago:Frontiers in Psychology:2025年3月11日)。
この論文は、過去18年間に発表された15の遺伝学的研究を分析して、言語の発生時期を推定したものです。基本的な主張を原文の翻訳によって抽出し、要旨を紹介しておきます。
●一塩基多型に基づいた、初期のホモ・サピエンスの分岐に関する最近のゲノムレベルの研究は、ホモ・サピエンス内の最初の集団分裂が、元の幹から約13万5000年前に起こったことを示唆しています。 この分裂とその後のすべての分裂が、完全な言語能力を持つ人口につながったことを考えると、言語の可能性は遅くとも最初の分裂が起こる前の約13万5000年前に存在していたに違いないと考えるのが妥当です。 もし言語能力が後から発達していたとすれば、言語を持たない、あるいは根本的に異なるコミュニケーション様式を持つ現生人類が何人かいることが予想されますが、どちらにも当てはまりません。 現在の証拠は、言語自体がいつ出現したかを正確には示していませんが、ゲノム研究により、現生人類の系統に言語能力が存在していたに違いない時期については、かなり正確な推定が可能になります。言語の下限が13万5千年前であることから、約10万年前に言語が現生人類の行動の広範な出現を引き起こしたのではないか、と提案します。 ●言語は、心的表象の複雑なシステムとそれらを組み合わせるためのルールによって、既存のシンボルを結びつける新しい方法を生み出し、新しい行動の方法を予測することができます。これはおそらく、言語の13万5000年前の下限と、10万年頃から始まる豊かで規範的な象徴的行動の出現との間の時間差に見られるものです。このギャップを解釈する方法は、言語が現代人の行動を組織化し体系化する上で、中心的であったということです。 ●初期のホモ・サピエンスの最近の遺伝学的研究に基づいて、私たちは、人類集団に何らかの言語能力が存在していたに違いない瞬間として、約13万5000年前を特定しました。この出来事をきっかけに、身体の装飾や象徴的な彫刻が施された黄土色の作品の制作など、現代人にまで続く行動は、10万年前あたりで規範的かつ持続的な行動として現れました。 |
「狭義の言語能力」は、ホモ・サピエンス内の最初の集団分裂が起こった13万5000年前までに生まれていたから、音声言語以外のシンボル的言語も10万年前までに現れていた、ということでしょうか。
音声言語とシンボル言語の関係を明示しないのはどうなのか、とも思いますが、ともあれ不連続理論の最先端では、遺伝学的研究を基盤にして、13~10万年前からの言語起源論が主張されています。