言語の起源について「言語神授説➔不連続性理論」を展望しています。
今回は「不連続性理論(Linguistic Discontinuity Theory)」の経緯と動向です。不連続理論は「人類の言語機能は突然出現した」という理論ですが、独自の起源を他の動物類からの進展と考えない視点では、「言語は神が与えてくれた」という言語神授説を継承していると思います。それゆえ、逆説的にいえば、18世紀以降の不連続理論は、言語神授説からの脱却として展開されてきた、ともいえるでしょう。
●ドイツの哲学者・文学者、ヨーハン・ゴットフリート・ヘルダー(Johann Gottfried Herder:1744~1803)は、牧師で統計学者、ヨハン・ペーター・ジュスミルヒ(Johann Peter Süßmilch)の言語神授説を厳しく否定し、「言語を人間によってのみ作り出されたものである」と述べています。続けて「もし言語がなければ、人間にとって理性はありえなかった。そういうわけで、言語の発明は、人間にとって理性の使用と同じほど自然で、古く、根源的で、特質を示すものであった」とも主張しています(言語起源論:Abhandlungfiber den Ursprung der Sprache:1772)。 ●ドイツの言語学者、ヴィルヘルム・フォン・フンボルト(Wilhelm von Humboldt, 1767~1835)も、「言語は人間そのものに属し、人間の本質以外に何の源も持たないし、知らない」(Gesammelte Schriften, 1903-36)と述べ、言語を人間と一体のものとしている点において、ヘルダーの理念を受け継いでいます。 ●イギリスの自然科学者・生物学者、チャールズ・ロバート・ダーウィン(Charles Darwin, 1809–1882)は、「分節言語(音素とその対象の組み合わせ:筆者注)は人間固有である」としたうえで、「人間を他の動物から区別するのは、単なる分節化する能力ではない。というのも誰でも知っているように、オウムは話すことができるからだ。だが人間には、特定の音を特定の観念に結びつける大きな力がある。そして、このことは明らかに心的能力の発達に依存している」と述べています(The Descent of Man.1871)。 ●ダーウィンの理論は神授説とは対立する自然主義的な視点ですが、下等動物から人間にいたるまでの漸進的な進化(連続性理論)を想定したうえで、心的能力の発達で特定の音と特定の観念とが結びついた言語を人間固有のものと見ているのです。 |
●20世紀に入ると、人類の言語は他の生物とは異なる独自の特徴を持っており、特定の時点で急速に進化した、という理論が登場してきます。 ●この主張を代表する、アメリカの言語哲学者、A.N.チョムスキー(Avram Noam Chomsky,1928–)は、「言語能力は種に特有の特性であり、動物界には本質的な類似物が存在しないように見える」(The Minimalist Program,1995)と書いたうえで、「言語は、人間が5~10万年前のある時点で、突如一瞬の間に獲得した生物学的機能だということが判明した」とも述べています(講演会・第1回「言語の構成原理再考」:2014.3.5)。 ●もっとも近年になると、チョムスキー自身もアメリカの進化生物学者・マーク・D・ハウザー(Marc D. Hauser:1959~)やW・テカムセ・フィッチ(William Tecumseh Fitch:1963~)との共作で、生物の言語能力という概念を二重化し、「広義の言語能力(faculty of language — broad sense, FLB)」と「狭義の言語能力(faculty of language —narrow sense, FLN)」に区別したうえで、「広義の言語能力」は人間と他の動物が共有しているが、「狭義の言語能力」は人間のみが有している言語能力である、と述べています(The faculty of language: what is it, who has it, and how did it evolve ?:2012)。 ●このような主張は、「動物起源論➔連続性理論」と「言語神授説➔不連続性理論」の対立を埋める方向ともいえるでしょう。 |
以上のように、言語神授説の否定から始まった不連続性理論は、人類特有の言語能力を認める立場を次第に統合化しようとしています。
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