2018年7月9日月曜日

「人口波動」説の原点を訪ねて!

このブログでは、これまでに何度も「人口波動」という言葉を使ってきました。

筆者の主張する「人口波動」説とは、近代人口学の開祖、R.マルサスの『人口論』で提起された「オシレーション(Oscillation)という発想を基に、20世紀の生物学や生態学の知見を組み入れて再理論化し、世界人口と日本人口に関する、さまざまな推計や統計によって、その実在を検証したものです。

このような用語や検証方法については、22年前に筆者が『人口波動で未来を読む』(日本経済新聞社、1996年)」を上梓した時から、さまざまなご批判やご意見が寄せられておりました。それらはその後も続いており、現在でも時折、ウエブ上や研究会の席上などで、いろいろな形で問題視されております。

そこで、しばらくの間、「人口波動」の発想、定義、実証性などについて、筆者の現在の見解をご披露していきます。


発想の原点はR.マルサスの『人口論』(あるいは『人口の原理』)にあります。

マルサスは1798年に『人口論』(An Essay on The Principle of Population第1版を出版し、「人口は幾何級数的に増加するが、食料は算術級数的にしか増加しないから、その帰結として窮乏と悪徳が訪れる」という有名な理論を発表しました。人口と食料の間には伸び率の差があるから、必ずパニックへ突き進む、というのです。

そのショッキングな内容の故に、この本はたちまちベストセラーになりましたが、同時に厳しい批判にも晒されました。そこで、マルサスは何度も書き直し、1826年にようやく第6版を完成させました。この最終版(吉田秀夫訳=1948年)でマルサスが到達した結論はおよそ次のようなものでした。
 

人口生活資料(人間が生きていくために必要な食糧や衣料などの生活物資)が増加するところでは、常に増加する。逆に生活資料によって必ず制約される。

②人口は幾何級数的(ねずみ算的)に増加し、生活資料は算術級数的(直線的)に増加するから、人口は常に生活資料の水準を越えて増加する。その結果、人口と生活資料の間には、必然的に不均衡が発生する。

③不均衡が発生すると、人口集団には是正しようとする力が働く。人口に対してはその増加を抑えようとする「積極的妨げ(主として窮乏と罪悪)」や「予防的妨げ(主として結婚延期による出生の抑制)」が、また生活資料に対してはその水準を高めようとする「人為的努力(耕地拡大や収穫拡大など)」が、それぞれ発生する。

④人為的努力によって改めてもたらされる、新たな均衡状態は、人口、生活資料とも以前より高い水準で実現される。

これをみると、第1版のパニック論はかなり薄まり、むしろパニックを解消するための、さまざまな行動の解明に力点がおかれています。

つまり、③人口と生活資料の間のバランスが崩れた時、「積極的妨げ」と「予防的妨げ」の2つの抑制現象が始まることと、④生活資料の水準を高めようとする「人為的努力」によって、新たに出現する均衡状態は、以前より高い水準で達成されること、の2つが新たに書き加えられています。

つまり、人口と生活資料の間のバランスが崩れた時、「積極的妨げ」と「予防的妨げ」の2つの抑制現象が始まるが、同時に生活資料の水準を高めようとする「人為的努力」も始まるので、新たに出現する均衡状態は、以前より高い水準で達成される、ということです。

このうち、人為的努力とその結果については、「労働の低廉と労働者の豊富と彼らが勤労を増加しなければならぬ必要とは、耕作者を奨励して、新地を開き既耕地をより完全に施肥し改良するために、より多くの労働をその土地に投ぜしめ、かくて遂に生活資料は人口に対して、出発点の時期と同じ比例となるであろう。労働者の境遇はこの時にはまたもかなりよくなり、人口に対する抑制はある程度緩められる。そして、短期間の後に、幸福に関しての同じ後退前進の運動が繰返される」と述べています。

要約しますと、〔人口増加→不均衡発生→人為的努力→人口抑制緩和→人口増加〕という一連の現象が、循環的に現れるということです

このサイクルを、マルサスは「オシレーション(Oscillation)と名づけましたが、これこそ「人口の長期的推移は波をうっている」ということを、初めて理論的に指摘したものでした。吉田秀夫訳では「擺動(はいどう=揺れ動くこと)」と訳されています。

「この種の擺動はおそらく普通の人にははっきりと見えないであろう。そして最も注意深い観察者にとってすら、その時期を計ることは困難であろう。しかし、古国の大部分では、この種のある交替運動が、私がここに述べたよりは遥かに不明瞭かつ不規則ではあるが、存在することは、この問題を深く考察する思慮ある人のよく疑い得るところではないのである。」

「わかりにくい現象であるが、人口問題を真剣に考える、思慮深い人であれば容易に理解できる」とマルサスはいっているのです。

「Oscillation」→「擺動」→「波動」という理論的展開は、日本においてどのように進んできたのでしょうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿