2025年10月24日金曜日

言語生成・新仮説Ⅳ・・・言語群の進化が言語階層を生み出した?

私たちが通常使っている言葉、つまり表象言語の成立過程を、深層言語象徴言語の進展状況から眺めてきました。

このような進化は人類の歴史上、どのような時期に起こったのでしょうか。人類史に関わる、さまざまな文献に基づいて、大略を整理してみると、下図のようになります。

考古学的な資料として発表されているデータは、音声言語、文字言語、表号言語、形象言語に関する4分野です。主なデータを整理してみると、古い順に音声言語、形象言語、表号言語、文字言語の順となります。

●音声言語

音声言語の起源に関する学説は、「連続性理論=初期起源論」と「不連続性理論=後期起源論」に大別されます。

連続性理論・・・人類の会話能力は霊長類の前言語的なコミュニケーションから発展したもので、少なくとも200万年かけて徐々に発達した、と主張しています。

不連続性理論・・・解剖学的な視点から、現生人類は105万年前に、単純な音やジェスチャーによるコミュニケーションを文法的な音声に変換したと主張するもので、アメリカの言語学者、ノーム・チョムスキーらによって支持されています。

不連続性理論の最先端では、遺伝子分析によって135,000年以前に始まっているとの主張もあります。MITの宮川茂名誉教授は「地球上に分岐するすべての人口は人間の言語を持っており、すべての言語は関連している。最初の分岐は約135,000年前に起こったとかなり確実に言えるから、人間の言語能力はそれまでに、またはそれ以前に存在していたはずだ」と主張しています(Linguistic capacity was present in the Homo sapiens population 135,000 years ago,2025)。

●形象言語

形象言語は心像イメージ、無意識的イメージを示すもので、洞窟壁画石器絵画など原始絵画が該当するとすれば、ほぼ70,000年前ころに生まれています。

現世人類、つまりホモ・サピエンスの洞窟絵画では、南アフリカのブロンボス洞窟で約73,000年前、インドネシアのスラウェシ島の鍾乳洞で約51,200年前、フランス南東部のショーベ洞窟で約37,00032,00年前、スペインのティト・ブスティーリョ洞窟で約36,000年前、フランスのラスコー洞窟で約32,000年前、スペインのアルタミラ洞窟で約18,00010,000年前などの壁画が発見されています。

●表号言語

表号言語は識知の捉えたイメージを、類似パターン、潜在パターン、模様などで表すもので、30,000万年前ころから、主に石像や石具などに現れています。

石像では、ドイツのホーレ・フェルス洞窟で出土した女性像は35,000年前、イタリア北部のバルツィ・ロッシ洞窟の「グリマルディのビーナス」は24,000年前、フランスのアミアンで発掘されたルナンクールのビーナス」は23,000年前などです。

またトルコのカラハンテペ遺跡では、12,000年前の「物語を立体的に表現した遺物」も発見されています。小さな石蓋で密閉された器の中から、キツネ、ハゲワシ、イノシシの3体の石像が発見され、いずれも石のリングに頭部が差し込まれていると状態で、何らかのストーリーを示唆しており、言語段階の象徴言語の発生を意味しています。

●文字言語

文字言語の初期段階、つまり原始文字は、音声文字や形象文字などを点や線の組合せで記号化したもので、ほぼ3,000年前ころに生まれています。

ウルク古拙文字は、3,200年前ころにイラクのシュメール人が都市ウルクで使い始めた絵文字です。エジプトのヒエログリフ(象形文字)は3200年前ころ、メソポタミア・シュメール人の楔形文字は3000年前ころ、中国の甲骨文字は2000年代前後半、インドのインダス文字は26001900年前ころと推定されています。

言語群の創生状況を以上のように振り返ると、言語階層における深層言語、象徴言語、表層言語の生成状況が朧気ながらも浮かんできます。

深層言語は42万年前から、象徴言語は1万年前から、表層言語は0.5万年前から、という時期が概ね読み取れます。

2025年10月17日金曜日

言語生成・新仮説Ⅲ・・・表象言語

「言語生成論・新仮説」の3番めは、「表象言語」の生成状況です。

表象言語とは、人類が「身分け」し、「識分け」した対象を、コトバやシンボル(絵や形)によって「言分け」する行為です

いいかえれば、意識が把握し、モノコト界でゆらゆら浮遊している象徴言語を、より明確なコトバやシンボルに置き換え、コト界を創り上げるコトバ、といってもいいでしょう。

言語6階層説】では、この段階を「自然言語」と名づけていましたが、今回の新仮説では、「言語」という概念に音声言語や文字言語に加え、ジェスチュア(動作)、シンボル(形象)、デザイン記号(表号)を含めた「言語群」として使っていますので、「現象を表わすという意味で「表象言語」に変えています。


このような表象言語を言語群に位置付けたうえ、前々回、前回に続き、水流に身を晒す人間の立場を先行事例として、具体的な内容を考えてみましょう。
 

動作言語:gesture・・・両手で水を受け止める

流れる水流を両手でくみ上げ、飲み物であることを身振りで示します。

音声言語:voice・・・ミズ、ナガレ、ウオーター

流れる渓流の勢いをミズ、ナガレ、カワ、タキなどと音声で表します。

形象言語:metaphor・・・水平、平等、透明、冷静

水という現象から、水平線=平等、水中=透明感、冷水=冷静さなどを表現します。

表号言語:Logo・・・ 

水、水滴、流れなどという現象を、単純化したパターンや記号として表現します。

文字言語:character・・・ミズ、みず、水、water

水、川、海などの現象を単純化した記号(心象文字)を、読み書きできる文字に変えます。

以上のように表象言語の生成過程を読み解くと、「身分け」と「識分け」が捉え、「言分け」初期の象徴言語の掴んだおぼろげな現象を、本格的な「言分け」によってさらに凝縮化し、動作言語、形象言語、表号言語と連動しつつ、音声言語と文字言語を確立させた流れが浮かんできます。

2025年10月5日日曜日

言語生成・新仮説 Ⅱ・・・象徴言語

 「言語生成論・新仮説」の2番めは、「象徴言語」の生成状況です。

象徴言語とは、【言語6階層説:深層言語とは・・・で述べたように、「身分け」が把握し、「識分け」が捉えた事象を、とりあえず擬声語や擬態文字、イメージや偶像などで表した言葉です。

意識が把握したものの、表象言語が形成される前の始原的な言葉として、モノコト界でゆらゆら浮遊している言語と言ってもいいでしょう。

前回述べたように、「身分け」次元では、五感で「認知」した対象を、「動作」「音声」「形象」「表号」「文字」の5つの言語群別に、「深層言語」によって「言知」していました。

今回の「識分け」次元でも、5つの深層言語が捉えた対象を、明確に「言分け」する前の段階で、動作、音声、形象、表号、前文字などに「識知」します。ここで生まれる言葉が「象徴言語」です。

それゆえ、象徴言語にも、動作言語、音声言語、形象言語、表号言語、文字言語の全ての言語群が含まれています。


前回と同様、奔放な渓流に身を晒す人間の立場を先行事例として、具体的な内容を考えてみましょう。

動作言語:body language・・・ゆるゆる腕振り、あれこれ指振り

流れる渓流に触れて、体感を確かめるため、ゆらゆらと指を揺らす前言語行動です。

音声言語:onomatopéeオノマトペ・・・チャブチャブ、どろどろ

流れる渓流のせせらぎを聴いて、チャブチャブとオノマトペ(擬声語)を発します。

形象言語:archetypeアーキタイプ(元型)・・・心像イメージ、無意識的イメージ

渓流の伸びやかな姿を、C.G.ユングが提唱した、無意識下のイメージのように、心の中に思い浮かべます。

表号言語:latent pattern・・・潜在パターン、類似パターン

渓流のくねくねと曲がる流れを、単純化したパターンとして、心の中に思い浮かべます。

文字言語:mental symbol:心象文字・・・原文字、絵文字

渓流のくねくねをパターン化したうえ、さらに単純化した記号に変えます。

以上のように象徴言語の生成過程を読み解くと、「身分け」と「識分け」が捉えた現象を、「言分け」する前の、おぼろげな形象言語に置き換えるとともに、一方では動作言語や音声言語と、他方では表号言語や文字言語とも結び合わせ、次回で述べる表象言語への橋渡しを準備していることがわかります。

井筒俊彦先生の「言語阿頼耶識」論を、音声や文字から動作や形象などにまで広げた多次元仮説として提案したいと思います。

2025年9月24日水曜日

言語生成・新仮説 Ⅰ:深層言語

「言語生成論・新仮説」の最初は、「深層言語」の生成状況から考えます。

深層言語とは、【言語6階層説:深層言語とは・・・】で述べたように、「身分け」が把握したものの、「識分け」が掴む前の無意識(深層心理)的な事象を、イメージや偶像などで表した認識装置です。

「身分け」では視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚によって「認知」し、「識分け」では形、音、臭い、味、物などと「意識」によって「識知」しています。

この「識分け」が「識知」するか否かの、初期の段階を前回述べた「広義の言語」、つまり「動作」「音声」「形象」「表号」「文字」の5つの言語群によって「言知」した言語装置が「深層言語」です。

いいかえれば、深層言語には、動作言語、音声言語、形象言語、表号言語、文字言語の全てがすでに含まれているのです。

具体的な事例で考えると、奔放な渓流に身を晒した時、人間が最初に対応する、次のような表現方法を意味しています。

動作言語:gesture・・・流れる水を見て、聞いて、嗅いで、感じて、身体が無意識に反応する言語状態・・・例:ついつい手を振る、ふらふら身を振る

音声言語:voice・・・流れる水に無意識に反応して、吐息や音声が漏れ出す言語状況・・・例:ため息・喘ぎ・息づかい、叫び声、わめき声、悲鳴

形象言語:image・・・岩走る水流に接して、頭脳の中でおぼろげに動き出す映像言語・・・心像イメージ、超エネルギー・イメージ

表号言語:pattern・・・岩走る水流が、頭脳の中に浮かび上がらせる類似の形象や記号・・・例:類似パターン、模様化

文字言語:letter・・・形象イメージや表号マークなどが単純化され、視覚化された言語・・・例:絵文字、心象文字

これら5つの言語の間には、次のような関係があります。

❶動作言語と音声言語は、五感に反応する前・意識的な身体的表現として共通しています。

❷形象言語と表象言語の間には、前者のイメージが変形して、後者のパターンとなるケースが潜まれています。

文字言語の形成は、動作・音声言語の進展と形象・表号言語の単純化が結びつくことによって、ようやく進展したものと推定されます。

以上のように、深層言語の生成過程を読み解くと、環境世界に接した人間は、動作言語と音声言語でまず「言分け」し、続いて形象言語と表号言語でイメージやパターンを捉え、それらを統合して文字言語を創り出したのはないか、と推定できます。

2025年9月12日金曜日

「言語生成」における「言語」とは何か?

 言語生成論・新仮説」を提案する前提として、まずは「生活世界構造」における「言語」という認識装置の立ち位置を明かにしておきましょう。

筆者のブログ「生活世界構造」論では、私たち人類は周りに広がる環境世界を、「身分け」「識分け」「言分け」「網分け」という、4つの認識能力によって順番に把握しているのだ、と考えています。


➀「身分け」では、外部に広がる環境世界「ソト界」を感覚能力、つまり視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚によって、多面的に「知」しています。

➁「識分け」では、「身分け」が捉えた「モノ界」を「意識」によって、形、音、臭い、味、物などと個別に「知」しています。

➂「言分け」では、「識分け」が捉えた「モノコト界」を「表象」によって、動作、音声、形象、表号、文字などに「知」しています。

➃「網分け」では、「言分け」が捉えた「コト界」を「観念」によって、術語、科学記号、数学記号などに「知」しています。

以上のような構造の中で、「言語群」という認識装置は、どのように位置づけられるのでしょうか。

基本的には、「言分け」が行う「表象化」、つまり「識分け」が捉えたモノコト界の事物を、動作、音声、形象、表号、文字などに置き換える装置である、ということです。

音声=ボイス文字=レターはもとより、動作=ジェスチュア形象=イメージ表号=マークもまた、広義の「言語」として活動するのです。

このように考えると、言語生成論の対象となる「言語」とは、動作、音声、形象、表号、文字を、全て意味することになります。

狭義の「言語」論が音声言語や文字言語だけを対象にしているのに対し、広義の「言語」論、つまり「言語群」論では動作言語、形象言語、表号言語まで含まれている、ともいえるでしょう。

とすれば、言語の生成とは、音声や文字の進化はもとより、動作、形象、表号などとの柔軟な絡み合いの中からも、しなやかに育まれてくるものだ、と考えなければなりません。

2025年9月3日水曜日

言語生成論・新仮説へ挑戦します!

言語の起源・進化論4カ月にわたって検証してきました。

解剖学、脳科学、生物学はもとより、哲学、言語学、考古学、心理学、人類学など、さまざまな分野の研究者の成果を、ひととおり確認してきました。

言語の発生過程やその進展過程などについては、数世紀の間に各分野の研究者諸賢はユニークな成果を展開しておられ、多くの知見を得させていただきました。

だが、その一方で、分野別、専門別の視点にはやはり限りがあり、言語という人類の共通基盤については、より全体的な視点が必要ではないか、とも感じました。

そこで、いささか不躾ながら、筆者独自の視点から「言語生成論」の「新仮説」を提案したい、と思うようになりました。

新仮説とは、筆者の主張する「生活世界構造図」の「言語6階層説」をベースに、より広い視点から「言語の起源・進化」を検討するものですが、基本的な視点は次の3つです。

「言語」という識知装置を、「五感の捉えた感覚を識知に置き換える、認識的な手段」と考えて、「音声」や「文字」はもとより、「動作」「形象」「表号」の、5つの装置に押し広げて考察していきます。そこで、「言語」という名詞を「言語群」とよぶことにします。

5つの装置が感覚から理性に至るまで、つまり「身分け・識分け・言分け・網分け」の各次元でどのように変化してきたのか、を考えていきます。

その結果として生まれてきた、6つの言語群、つまり深層言語・象徴言語・表象言語自然言語を改名)・交信言語・思考言語・観念言語の各言語について、それぞれの特徴、関連、進展過程などを明らかにしていきます。3番目の表象言語とは、言語6階層説の「自然言語」を言語次元から言語群次元に広げたもので、さまざまな現“象”“表”現する言語装置という意味です。

以上のような検討によって、5つの言語群が人類の歴史上、どのような時点で生まれ、どのように関わり、どのように進化してきたのか、を推察していきます。

最終的な目標としては、このような言語進化がいかなる時代識知を生み出し、新たな技術の開発によって、5つの人口波動を形成していったか、を考えていこうと思います。


2025年8月16日土曜日

言語進化論を振り返る!

言語起源論から言語進化論への移行を提案したところ、その分野については既にさまざまな研究が先行している、とのご指摘をいただきました。

実のところ、言語進化学、言語進化仮説、プロト言語研究などの諸研究については、一通り目を通していましたが、当ブログの仮説、つまり【身分け➔識分け➔言分け➔網分け】のような段階的発想に出会うことはできませんでした。

それゆえ、これまでの言語起源・進化論を越えて、新たな視点からの言語進化論を目ざしているのですが、ただ一つ、アメリカの言語学者、ダニエル・エヴェレット(Daniel Everett「記号進展理論(sign progression theory)」は、それなりに参考になりましたので、ここで紹介しておきます。

すでに【言葉はいつから生まれてきたのか?】でも触れましたが、エヴェレットはノーム・チョムスキーらを代表とする不連続理論の通説、つまり「10万年前突然出現」説をきっぱりと否定しています(How Language Began: The Story of Humanity's Greatest Invention.:『言語の起源』)。

私がここで退ける説は、人類言語の起源に関して現在最も影響力のある説明だと言っていいだろう。すなわち、言語とは、およそ5~10万年前に起きた、たった一度の遺伝子変異の結果であり、その変異によって、ホモ・サピエンスは複雑な文を組み立てられるようになった、という主張だ。」

そのうえで、言語の進展過程を次のように述べています。

「言語は指標(index)記号(足跡が動物を指すように、物理的につながりのあるものを表す事項)、類像(icon)記号(実在の人物の肖像画のように、表そうとする事物と物理的に似ている事物)、それから最後に象徴(symbol)記号(ほとんど恣意的な、慣習的な意味の表し方)の創造へと、徐々に現れてきた」という、新たな仮説です。

この仮説を基に「シンボルはいずれ他のシンボルと組み合わされて文法を生み出し、単純なシンボルから複雑なシンボルが構築されていく。こうした記号の進展が言語進化のある段階に達すると、ジェスチャーとイントネーション文法と意味に統合され、一人前の言語が形成される」というのです。

言語の意味論的な進展論としては十分頷ける仮説ですが、それでもなお言語進化論としては、次のような疑問が残ります。

➀能記の変化が不明

●【指標(index)➡類象(icon)➡象徴(symbol)】という進展論は、言語の意味論(signifié)的な変化を示していますが、【音声(voice)・動作(gesture)・描出(depiction)】といった、能記論(signifiant)的な変化が不明のままです。

➁変化時期が不明

●意味論的な進化過程はおおまかに提起されていますが、人類の進化過程において、それぞれの発生した時期については明記されていません。

➂意味・統語合一プロセスの曖昧さ

指標➔類象➔象徴と進展してきた言語素が、「ジェスチャー(動作)とイントネーション(音声抑揚)によって、文法と意味に統合され、一人前の言語が形成される」という仮説は、セマンティクス(意味論)とシンタックス(統語論)の混在を意味していますが、これこそ新言語の発生過程であり、より詳細な論述が求められるでしょう。

以上のように、エヴェレットの記号進展論は、これまでの言語起源・進化論を大きく超えてはいますが、それでもまだ意味論な次元に留まっており、段階的な進化論には至っていないのではないでしょうか。

貴重な仮説として参考にしつつ、当ブログではより大胆な進化仮説を展開していきたいと思います。

2025年8月6日水曜日

言語起源論から言語進化論へ!

人口波動の成立条件と筆者が推定する「言語」の進化過程を明らかにするため、西欧諸国の哲学、言語学、解剖学などで研究されてきた「言語起源論」を振り返り、代表的な理論として「動物起源論連続性理論」と「言語神授説不連続性理論」の2つを紹介してきました。

両理論では永い間、対立が続いてきたようですが、最近では生物の言語能力という概念を「広義の言語能力」と「狭義の言語能力」に仕分けしたうえで、前者は人間と他の動物が共有し、後者は人間のみが有していると、統合化する視点も提案され、1310万年前からの言語起源が通論化されつつあります。

しかし、当ブログの検討課題である「言語進化論」については、ほとんど参考にならないのでは・・・。言語の進化過程とは、深層言語象徴言語自然言語思考言語観念言語という、5つのプロセスを辿っている、という仮説を検証するには至らなかったからです。

何が原因なのか、おおまかにいえば、言語の変化についてはほとんど検討が行われていないからです。主な疑問点を3つ提示しておきます。

「身分け」「識分け」から「言分け」次元への言語形態の変化

当ブログの視点からいえば、言葉とは、感覚が「身分け」し意識が「識分け」した対象を、動作、音声、イメージなどで「言分け」した事象といえるでしょう。

このようなプロセスがどのように変化してきたのか。その変化が世界観や文明観をどのように変えてきたのか。・・・それこそが言語進化論の本質だと思うのですが、従来の研究ではほとんど触れられていないようです。

言語起源論では、音声やイメージで表現された言葉が何万年前に出現したか、についての議論が中心で、表現形態の変化や進化について書かれたものはごく少数でした。

言語の起源時期を推定する研究は確かに貴重ですが、その発生状況を的確に把握するには、表現形態の変化にもいっそう配慮することが必要ではないでしょうか。

➁未言語次元への対応・・・言語阿頼耶識

言語進化論では、「身分け」や「識分け」状態の未言語と言語の関係を明らかにすることが重要な課題だと思いますが、「言語起源論」を究明してきた、西欧の哲学や言語学では、ほとんど究明されていないようです。

一方、東洋の唯識哲学では、の意識構造モデルを立てています。表層意識(前五識および第六意識)、自我意識(第七末那識)、深層意識(阿頼耶識)ですが、言語で言えば、深層意識次元が浮動的な意味の貯蔵所としての「言語阿頼耶識」です。

言語進化論を展開するには、以上のような「内部言語」あるいは「深層言語」次元の究明が絶対に必要だ、と思います。

➂セマンティクスとシンタックスの進展過程

言語にはセマンティクス(語義)とシンタックス(文法)の両面があり、言語進化論を考察する場合にも、両方の発達過程を推定することが求められます。

解剖学上では、19世紀に外科医たちが発見した大脳皮質の2機能、つまり「ブローカ野」が主にシンタックスを、「ウェルニッケ野」が主にセマンティクスを、それぞれ担っている、と言われています。化石分析によると、ブローカ野は約400200万年前に生存していた初期人類、アウストラロピテクスには存在せず、約20万年前に出現した現生人類の祖、ホモ・サピエンスには存在したと推定されていますので、言語発達の指標とも考えられています。

しかし、これら2つの言語機能がいかなる過程を辿って進化してきたのか、この課題については、ほとんど不明のままです。言語進化論を考察するには、現生人類の進化過程で、セマンティクスとシンタックスがどのように進化してきたかを、改めて問いかけることも必要ではないでしょうか。

以上のように、言語の起源が1310万年前からとしても、その機能の進展過程については未だに究明されていないようです。解剖学、脳科学、生物学はもとより、哲学、言語学、考古学、心理学、人類学など、現代の理論的究明の限界なのでしょうか。

2025年7月23日水曜日

言語起源論を振り返る・・・➁不連続性理論の最先端

言語の起源を「動物起源論連続性理論」と「言語神授説不連続性理論」の両面から眺めてきました。

両方の理論には厳しい対立が続いてきたようですが、最近では前回述べたように、統合的な視点も提案されています。

広義の言語能力」は人間と他の動物が共有している能力であり、「狭義の言語能力」は人間のみが有している言語能力である、という視点です。

こうした視点を背景に、不連続理論の最先端では、遺伝学的な推定論が展開されています。初期のホモ・サピエンスの元の幹集団で、最初の分裂がいつ起こったのかという遺伝子分析の成果を基に、言語の起源を推定しようというものです。

https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2025.1503900/full

2025年の春、マサチューセッツ工科大学・言語学科の宮川茂名誉教授の研究グループは「言語能力は、135000年前のホモ・サピエンスの人口に存在していた」という論文を発表しました(Linguistic capacity was present in the Homo sapiens population 135 thousand years agoFrontiers in Psychology2025311日)。

この論文は、過去18年間に発表された15の遺伝学的研究を分析して、言語の発生時期を推定したものです。基本的な主張を原文の翻訳によって抽出し、要旨を紹介しておきます。

●一塩基多型に基づいた、初期のホモ・サピエンスの分岐に関する最近のゲノムレベルの研究は、ホモ・サピエンス内の最初の集団分裂が、元の幹から135000年前に起こったことを示唆しています。

この分裂とその後のすべての分裂が、完全な言語能力を持つ人口につながったことを考えると、言語の可能性は遅くとも最初の分裂が起こる前の約135000年前に存在していたに違いないと考えるのが妥当です。

もし言語能力が後から発達していたとすれば、言語を持たない、あるいは根本的に異なるコミュニケーション様式を持つ現生人類が何人かいることが予想されますが、どちらにも当てはまりません。

現在の証拠は、言語自体がいつ出現したかを正確には示していませんが、ゲノム研究により、現生人類の系統に言語能力が存在していたに違いない時期については、かなり正確な推定が可能になります。言語の下限が135千年前であることから、約10万年前に言語が現生人類の行動の広範な出現を引き起こしたのではないか、と提案します。

●言語は、心的表象の複雑なシステムとそれらを組み合わせるためのルールによって、既存のシンボルを結びつける新しい方法を生み出し、新しい行動の方法を予測することができます。これはおそらく、言語の135000年前の下限と、10万年頃から始まる豊かで規範的な象徴的行動の出現との間の時間差に見られるものです。このギャップを解釈する方法は、言語が現代人の行動を組織化し体系化する上で、中心的であったということです。

●初期のホモ・サピエンスの最近の遺伝学的研究に基づいて、私たちは、人類集団に何らかの言語能力が存在していたに違いない瞬間として、135000年前を特定しました。この出来事をきっかけに、身体の装飾や象徴的な彫刻が施された黄土色の作品の制作など、現代人にまで続く行動は、10万年前あたりで規範的かつ持続的な行動として現れました。

「狭義の言語能力」は、ホモ・サピエンス内の最初の集団分裂が起こった135000年前までに生まれていたから、音声言語以外のシンボル的言語も10万年前までに現れていた、ということでしょうか。

音声言語とシンボル言語の関係を明示しないのはどうなのか、とも思いますが、ともあれ不連続理論の最先端では、遺伝学的研究を基盤にして、1310万年前からの言語起源論が主張されています。

2025年7月15日火曜日

言語起源論を振り返る・・・➁不連続性理論の転換!

言語の起源について「言語神授説不連続性理論」を展望しています。

今回は「不連続性理論(Linguistic Discontinuity Theory」の経緯と動向です。不連続理論は「人類の言語機能は突然出現した」という理論ですが、独自の起源を他の動物類からの進展と考えない視点では、「言語は神が与えてくれた」という言語神授説を継承していると思います。それゆえ、逆説的にいえば、18世紀以降の不連続理論は、言語神授説からの脱却として展開されてきた、ともいえるでしょう。


◆18~19世紀

●ドイツの哲学者・文学者、ヨーハン・ゴットフリート・ヘルダー(Johann Gottfried Herder17441803は、牧師で統計学者、ヨハン・ペーター・ジュスミルヒ(Johann Peter Süßmilch)の言語神授説を厳しく否定し、「言語を人間によってのみ作り出されたものである」と述べています。続けて「もし言語がなければ、人間にとって理性はありえなかった。そういうわけで、言語の発明は、人間にとって理性の使用と同じほど自然で、古く、根源的で、特質を示すものであった」とも主張しています(言語起源論:Abhandlungfiber den Ursprung der Sprache1772)

●ドイツの言語学者、ヴィルヘルム・フォン・フンボルト(Wilhelm von Humboldt, 17671835も、「言語は人間そのものに属し、人間の本質以外に何の源も持たないし、知らない」(Gesammelte Schriften, 1903-36)と述べ、言語を人間と一体のものとしている点において、ヘルダーの理念を受け継いでいます。

●イギリスの自然科学者・生物学者、チャールズ・ロバート・ダーウィン(Charles Darwin, 1809–1882は、「分節言語(音素とその対象の組み合わせ:筆者注)は人間固有である」としたうえで、「人間を他の動物から区別するのは、単なる分節化する能力ではない。というのも誰でも知っているように、オウムは話すことができるからだ。だが人間には、特定の音を特定の観念に結びつける大きな力がある。そして、このことは明らかに心的能力の発達に依存している」と述べています(The Descent of Man.1871)。

ダーウィンの理論は神授説とは対立する自然主義的な視点ですが、下等動物から人間にいたるまでの漸進的な進化(連続性理論)を想定したうえで、心的能力の発達で特定の音と特定の観念とが結びついた言語を人間固有のものと見ているのです。


◆20世紀

20世紀に入ると、人類の言語は他の生物とは異なる独自の特徴を持っており、特定の時点で急速に進化した、という理論が登場してきます。

●この主張を代表する、アメリカの言語哲学者、A.N.チョムスキー(Avram Noam Chomsky,1928–は、「言語能力は種に特有の特性であり、動物界には本質的な類似物が存在しないように見える」(The Minimalist Program,1995)と書いたうえで、「言語は、人間が510万年前のある時点で、突如一瞬の間に獲得した生物学的機能だということが判明した」とも述べています(講演会・第1回「言語の構成原理再考」:2014.3.5)。

●もっとも近年になると、チョムスキー自身もアメリカの進化生物学者・マーク・D・ハウザー(Marc D. Hauser1959~)W・テカムセ・フィッチ(William Tecumseh Fitch1963)との共作で、生物の言語能力という概念を二重化し、「広義の言語能力(faculty of language  broad sense, FLB)」と「狭義の言語能力(faculty of language narrow sense, FLN)」に区別したうえで、「広義の言語能力」は人間と他の動物が共有しているが、「狭義の言語能力」は人間のみが有している言語能力である、と述べています(The faculty of language: what is it, who has it, and how did it evolve ?2012)。

●このような主張は、「動物起源論連続性理論」と「言語神授説不連続性理論」の対立を埋める方向ともいえるでしょう。

以上のように、言語神授説の否定から始まった不連続性理論は、人類特有の言語能力を認める立場を次第に統合化しようとしています。

2025年7月3日木曜日

言語起源論を振り返る・・・➁不連続性理論

言語の起源について、前回までの「動物起源論連続性理論」に続き、今回からはその反論となる「言語神授説不連続性理論」を展望していきます。


不連続理論は「人類の言語機能は突然出現したもの」という理論ですが、遡れば「言語は神が与えてくれた」説に始まり、下りくれば「言語は突然変異で生まれた」説に繋がっている、と思います。

 ●古代社会

古代では「言語は神々によって与えられた」という発想が広がっていたようです。

●例えばエジプト神話では、知恵の神トート(Thothが文字の発明者、言語の創造者、神々の筆記者、通訳者、助言者などであった、とされています。

古代イスラエルの「旧約聖書」では、神から命名権を与えられた最初の人間がアダムだった、とされています。「主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。人がすべて生き物に与える名は、その名となるのであった」(創世記219節:YouVersion訳)というのです。

●中世社会

中世ではキリスト教的世界観の拡大によって、神授説が明確化したようです。

ローマ帝国の神学者、アウグスティヌスSt. Augustine, 354430)は、自分自身の幼児期の言語習得について回想しつつ、「言語は神からの贈り物であり、人間の霊的成長とともに発展する」と述べています(告白:Confessiones, Book I

中世イタリアの神学者、トマス・アクィナスThomas Aquinas, 122574)も「言語の起源を神の理性の反映とみなし、言葉は神の摂理に基づいて創られた」と述べています(神学大全:Summa Theologiae)。

●近代社会

近代でも、言語神授説はさまざまな形で提唱されています。

ベルリンの王立学術アカデミー会員、ヨハン・ペーター・ズュースミルヒJohann Peter Süssmilch1707-67)が、1756年に行った講演『最初の言語が人間でなく創造主のみにその起源をもつことを証明する試み』の中で、言語は神によって創造された、という「言語神授説」を唱え、大きな反響をよびました。彼はプロテスタントの牧師でありながら、人口統計学の先駆者とも称えられています。

フランスの言語学者、ニコラス・ボーゼNicolas Beauzée1717~1789 ) も、「最初の言語を自然的と想定することは、自然というものの恒常的で統一的なありかたとも相容れないもうひとつの考えである。したがって、神みずからが、最初の二人の人問にかけがえのない話す能カを与えただけでは満足せず、生まれたばかりの社会の要求に必要な語と言いまわしを考えだす欲望と技術を、彼らに直接ふきこむことによって、話す能力をすぐさま十全に開花させたのである」とも述べています(Grammaire Generale1767)。

ところが、19世紀に入ると、科学的思考の拡大とともに、言語神授説は次第に否定されるようになり、入れ替わるように不連続理論が広がってきます。

合理的な変化のように思われるかもしれませんが、この変化は時代識知、つまり世界を理解する精神構造が「リリジョン(宗教)」から「サイエンス(科学)」へ変化したことに由来している、と思います。

2025年6月23日月曜日

動物起源論の最先端は?

言語の起源として「動物起源論連続性理論」を振り返ってきましたが、この理論の最先端はどうなっているのでしょうか。202324年の状況を確かめておきましょう。


●スイスの比較言語学者、M.ルルー(Maël Leroux)らは「チンパンジーは驚く時には“アラームヒュー”を発し、攻撃や狩猟をよびかける時には“ワーバー”を鳴らす。・・・アラームヒューとワーバーは、通話の組み合わせの意味がその部分の意味から導かれる、構成的な構文のような構造を表していると推定できる。・・・このような構成構造が人間の系統で新たに進化したものではなく、チンパンジーという共通祖先に存在していた可能性があることを示唆している」と述べています。
Call combinations and compositional processing in wild chimpanzeesNature Communications,2023.5


●同じくスイスの動物行動学者、S.エンゲッサー(Sabrina Engesserらの研究チームは「意味のない音の組み合わせを並べ替えることで新たな意味を生み出す能力は、言語の基本的な要素である。動物の発声はしばしば無意味な音響要素の組み合わせから成り立っているが、オーストラリアの鳥であるバブラーの鳴き声を分析したところ、意味のない音を並べ替えて新たな信号を作り出す能力は、人間の外部で発生していることが明らかになった。音素の対比は、音素構造の初歩的な形式を表しており、人間の言語の生成的な音素システムへの潜在的な初期ステップであることを示唆している」と述べています。
The power of sound: unravelling how acoustic communication shapes group dynamicsTHE ROYAL SOCIETY,2024.10

●アメリカの行動生態学者、M.パルド(Mickey Pardoらは、約100頭のゾウが親子や兄弟などに発した鳴き声の音量や周波数などを人工知能(AI)で分析した結果、「ゾウにはそれぞれの名前があり、それを使ってお互いに呼び合うという証拠が見つかった。ゾウという動物は互いに話し合うことが知られているごく少数の種の1つであり、動物の知能と言語の進化的起源に関する科学者の理解に重要な意味を持つ」と主張しています。
Every Elephant Has Its Own Name:Nature Ecology and Evolution:2024.6

●日本の動物学者でも、「動物言語学」を提唱している鈴木俊貴らは「鳥類の言葉には人間の言語と同様に文法がある」と主張しています。「言語は私たちの祖先の単一の突然変異を通じて進化したという伝統的な信念にもかかわらず、蓄積された証拠は、人間の言語の根底にある多くの認知能力が人間以外の動物でも進化したことを示唆しています。例えば、鳥類や人間以外の霊長類のいくつかの種は、特定の発声を通じて概念的な意味を伝えたり、構文規則を使用して複数の意味を持つ呼び出しをシーケンスに組み合わせたりします」とも述べています。
The ‘after you’ gesture in a bird:Current Biology:2024.3

以上で挙げたように、「鳥類や哺乳類などの交信行動に、人類の言語活動の基盤が潜んでいる」という視点は、現在でも濃厚に主張されているようです。