①環境世界を言語で理解する観念的装置・・・私たち人類は、周りの環境世界を、おのれの感覚能力によって「身分け」し、続いて言語能力によって「言分け」することで、それなりに理解していますが、ミソロジーは、そうした「言分け」行動の、最も始原的な段階です。
②元型・象徴で構成する文章・物語・・・認知世界の無意識的なドラマを、既成の言語体系が形成される以前の未言語段階、あるいは前言語段階の意味体系である「シンボル(象徴)」の連鎖によって表現したものです。
この2つについては、次のように展開できます。
「ディナミズム(dynamism・・・動いている、あらゆる物体に対して、生き物や生命を感じる識知観)」や「インモータリズム(immortalism・・・動いている諸物の主体は、すべてが意思を持ち、生死を超えた、不可視の存在であるという識知観)」に対して、
ミソロジーは、「見分け」の捉えた環境世界の動態を、単純な動きとして理解するのではなく、単語や文章という「言分け」能力によって、さまざまな主体の絡み合った複合動態として捉えています。
ミソロジーは、「見分け」の捉えた環境世界の動態を、単純な動きとして理解するのではなく、単語や文章という「言分け」能力によって、さまざまな主体の絡み合った複合動態として捉えています。
第2は「言分け」の始原的な“象徴言語”段階であること。
ミソロジーとは、「身分け」された対象を「言分け」しようとする「言葉」そのものが、意味が固定化され、明確な表象を示す“記号”言語ではなく、それに至る以前の“象徴言語”で作られています。
いいかえれば、「身分け」構造が捉えた万物、例えば太陽や月、雲や風、海や川、大樹や草花、獅子や脱兎、英雄や美女などの対象を、直観的なイメージに置き換え、さらにそれらを象徴的な音声=単語として表現したものといえるでしょう。
いいかえれば、「身分け」構造が捉えた万物、例えば太陽や月、雲や風、海や川、大樹や草花、獅子や脱兎、英雄や美女などの対象を、直観的なイメージに置き換え、さらにそれらを象徴的な音声=単語として表現したものといえるでしょう。
第3に「象徴言語=単語」を組み合わせた「文章=物語」であること。
ミソロジーとは、第1と第2の特性を組み合わすことで、「身分け」が捉えた、環境世界の複雑な構造を“記号”的言語に至る以前の“象徴”的言語によって、複合的に表現した文章=物語といえるでしょう。
3つを要約すれば、ミソロジーとは、「身分け」が捉えた環境世界を、象徴的な「言分け」によって言葉に置き換える「時代識知」なのです。
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