2025年8月16日土曜日

言語進化論を振り返る!

言語起源論から言語進化論への移行を提案したところ、その分野については既にさまざまな研究が先行している、とのご指摘をいただきました。

実のところ、言語進化学、言語進化仮説、プロト言語研究などの諸研究については、一通り目を通していましたが、当ブログの仮説、つまり【身分け➔識分け➔言分け➔網分け】のような段階的発想に出会うことはできませんでした。

それゆえ、これまでの言語起源・進化論を越えて、新たな視点からの言語進化論を目ざしているのですが、ただ一つ、アメリカの言語学者、ダニエル・エヴェレット(Daniel Everett「記号進展理論(sign progression theory)」は、それなりに参考になりましたので、ここで紹介しておきます。

すでに【言葉はいつから生まれてきたのか?】でも触れましたが、エヴェレットはノーム・チョムスキーらを代表とする不連続理論の通説、つまり「10万年前突然出現」説をきっぱりと否定しています(How Language Began: The Story of Humanity's Greatest Invention.:『言語の起源』)。

私がここで退ける説は、人類言語の起源に関して現在最も影響力のある説明だと言っていいだろう。すなわち、言語とは、およそ5~10万年前に起きた、たった一度の遺伝子変異の結果であり、その変異によって、ホモ・サピエンスは複雑な文を組み立てられるようになった、という主張だ。」

そのうえで、言語の進展過程を次のように述べています。

「言語は指標(index)記号(足跡が動物を指すように、物理的につながりのあるものを表す事項)、類像(icon)記号(実在の人物の肖像画のように、表そうとする事物と物理的に似ている事物)、それから最後に象徴(symbol)記号(ほとんど恣意的な、慣習的な意味の表し方)の創造へと、徐々に現れてきた」という、新たな仮説です。

この仮説を基に「シンボルはいずれ他のシンボルと組み合わされて文法を生み出し、単純なシンボルから複雑なシンボルが構築されていく。こうした記号の進展が言語進化のある段階に達すると、ジェスチャーとイントネーション文法と意味に統合され、一人前の言語が形成される」というのです。

言語の意味論的な進展論としては十分頷ける仮説ですが、それでもなお言語進化論としては、次のような疑問が残ります。

➀能記の変化が不明

●【指標(index)➡類象(icon)➡象徴(symbol)】という進展論は、言語の意味論(signifié)的な変化を示していますが、【音声(voice)・動作(gesture)・描出(depiction)】といった、能記論(signifiant)的な変化が不明のままです。

➁変化時期が不明

●意味論的な進化過程はおおまかに提起されていますが、人類の進化過程において、それぞれの発生した時期については明記されていません。

➂意味・統語合一プロセスの曖昧さ

指標➔類象➔象徴と進展してきた言語素が、「ジェスチャー(動作)とイントネーション(音声抑揚)によって、文法と意味に統合され、一人前の言語が形成される」という仮説は、セマンティクス(意味論)とシンタックス(統語論)の混在を意味していますが、これこそ新言語の発生過程であり、より詳細な論述が求められるでしょう。

以上のように、エヴェレットの記号進展論は、これまでの言語起源・進化論を大きく超えてはいますが、それでもまだ意味論な次元に留まっており、段階的な進化論には至っていないのではないでしょうか。

貴重な仮説として参考にしつつ、当ブログではより大胆な進化仮説を展開していきたいと思います。

2025年8月6日水曜日

言語起源論から言語進化論へ!

人口波動の成立条件と筆者が推定する「言語」の進化過程を明らかにするため、西欧諸国の哲学、言語学、解剖学などで研究されてきた「言語起源論」を振り返り、代表的な理論として「動物起源論連続性理論」と「言語神授説不連続性理論」の2つを紹介してきました。

両理論では永い間、対立が続いてきたようですが、最近では生物の言語能力という概念を「広義の言語能力」と「狭義の言語能力」に仕分けしたうえで、前者は人間と他の動物が共有し、後者は人間のみが有していると、統合化する視点も提案され、1310万年前からの言語起源が通論化されつつあります。

しかし、当ブログの検討課題である「言語進化論」については、ほとんど参考にならないのでは・・・。言語の進化過程とは、深層言語象徴言語自然言語思考言語観念言語という、5つのプロセスを辿っている、という仮説を検証するには至らなかったからです。

何が原因なのか、おおまかにいえば、言語の変化についてはほとんど検討が行われていないからです。主な疑問点を3つ提示しておきます。

「身分け」「識分け」から「言分け」次元への言語形態の変化

当ブログの視点からいえば、言葉とは、感覚が「身分け」し意識が「識分け」した対象を、動作、音声、イメージなどで「言分け」した事象といえるでしょう。

このようなプロセスがどのように変化してきたのか。その変化が世界観や文明観をどのように変えてきたのか。・・・それこそが言語進化論の本質だと思うのですが、従来の研究ではほとんど触れられていないようです。

言語起源論では、音声やイメージで表現された言葉が何万年前に出現したか、についての議論が中心で、表現形態の変化や進化について書かれたものはごく少数でした。

言語の起源時期を推定する研究は確かに貴重ですが、その発生状況を的確に把握するには、表現形態の変化にもいっそう配慮することが必要ではないでしょうか。

➁未言語次元への対応・・・言語阿頼耶識

言語進化論では、「身分け」や「識分け」状態の未言語と言語の関係を明らかにすることが重要な課題だと思いますが、「言語起源論」を究明してきた、西欧の哲学や言語学では、ほとんど究明されていないようです。

一方、東洋の唯識哲学では、の意識構造モデルを立てています。表層意識(前五識および第六意識)、自我意識(第七末那識)、深層意識(阿頼耶識)ですが、言語で言えば、深層意識次元が浮動的な意味の貯蔵所としての「言語阿頼耶識」です。

言語進化論を展開するには、以上のような「内部言語」あるいは「深層言語」次元の究明が絶対に必要だ、と思います。

➂セマンティクスとシンタックスの進展過程

言語にはセマンティクス(語義)とシンタックス(文法)の両面があり、言語進化論を考察する場合にも、両方の発達過程を推定することが求められます。

解剖学上では、19世紀に外科医たちが発見した大脳皮質の2機能、つまり「ブローカ野」が主にシンタックスを、「ウェルニッケ野」が主にセマンティクスを、それぞれ担っている、と言われています。化石分析によると、ブローカ野は約400200万年前に生存していた初期人類、アウストラロピテクスには存在せず、約20万年前に出現した現生人類の祖、ホモ・サピエンスには存在したと推定されていますので、言語発達の指標とも考えられています。

しかし、これら2つの言語機能がいかなる過程を辿って進化してきたのか、この課題については、ほとんど不明のままです。言語進化論を考察するには、現生人類の進化過程で、セマンティクスとシンタックスがどのように進化してきたかを、改めて問いかけることも必要ではないでしょうか。

以上のように、言語の起源が1310万年前からとしても、その機能の進展過程については未だに究明されていないようです。解剖学、脳科学、生物学はもとより、哲学、言語学、考古学、心理学、人類学など、現代の理論的究明の限界なのでしょうか。