2025年7月23日水曜日

言語起源論を振り返る・・・➁不連続性理論の最先端

言語の起源を「動物起源論連続性理論」と「言語神授説不連続性理論」の両面から眺めてきました。

両方の理論には厳しい対立が続いてきたようですが、最近では前回述べたように、統合的な視点も提案されています。

広義の言語能力」は人間と他の動物が共有している能力であり、「狭義の言語能力」は人間のみが有している言語能力である、という視点です。

こうした視点を背景に、不連続理論の最先端では、遺伝学的な推定論が展開されています。初期のホモ・サピエンスの元の幹集団で、最初の分裂がいつ起こったのかという遺伝子分析の成果を基に、言語の起源を推定しようというものです。

https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2025.1503900/full

2025年の春、マサチューセッツ工科大学・言語学科の宮川茂名誉教授の研究グループは「言語能力は、135000年前のホモ・サピエンスの人口に存在していた」という論文を発表しました(Linguistic capacity was present in the Homo sapiens population 135 thousand years agoFrontiers in Psychology2025311日)。

この論文は、過去18年間に発表された15の遺伝学的研究を分析して、言語の発生時期を推定したものです。基本的な主張を原文の翻訳によって抽出し、要旨を紹介しておきます。

●一塩基多型に基づいた、初期のホモ・サピエンスの分岐に関する最近のゲノムレベルの研究は、ホモ・サピエンス内の最初の集団分裂が、元の幹から135000年前に起こったことを示唆しています。

この分裂とその後のすべての分裂が、完全な言語能力を持つ人口につながったことを考えると、言語の可能性は遅くとも最初の分裂が起こる前の約135000年前に存在していたに違いないと考えるのが妥当です。

もし言語能力が後から発達していたとすれば、言語を持たない、あるいは根本的に異なるコミュニケーション様式を持つ現生人類が何人かいることが予想されますが、どちらにも当てはまりません。

現在の証拠は、言語自体がいつ出現したかを正確には示していませんが、ゲノム研究により、現生人類の系統に言語能力が存在していたに違いない時期については、かなり正確な推定が可能になります。言語の下限が135千年前であることから、約10万年前に言語が現生人類の行動の広範な出現を引き起こしたのではないか、と提案します。

●言語は、心的表象の複雑なシステムとそれらを組み合わせるためのルールによって、既存のシンボルを結びつける新しい方法を生み出し、新しい行動の方法を予測することができます。これはおそらく、言語の135000年前の下限と、10万年頃から始まる豊かで規範的な象徴的行動の出現との間の時間差に見られるものです。このギャップを解釈する方法は、言語が現代人の行動を組織化し体系化する上で、中心的であったということです。

●初期のホモ・サピエンスの最近の遺伝学的研究に基づいて、私たちは、人類集団に何らかの言語能力が存在していたに違いない瞬間として、135000年前を特定しました。この出来事をきっかけに、身体の装飾や象徴的な彫刻が施された黄土色の作品の制作など、現代人にまで続く行動は、10万年前あたりで規範的かつ持続的な行動として現れました。

「狭義の言語能力」は、ホモ・サピエンス内の最初の集団分裂が起こった135000年前までに生まれていたから、音声言語以外のシンボル的言語も10万年前までに現れていた、ということでしょうか。

音声言語とシンボル言語の関係を明示しないのはどうなのか、とも思いますが、ともあれ不連続理論の最先端では、遺伝学的研究を基盤にして、1310万年前からの言語起源論が主張されています。

2025年7月15日火曜日

言語起源論を振り返る・・・➁不連続性理論の転換!

言語の起源について「言語神授説不連続性理論」を展望しています。

今回は「不連続性理論(Linguistic Discontinuity Theory」の経緯と動向です。不連続理論は「人類の言語機能は突然出現した」という理論ですが、独自の起源を他の動物類からの進展と考えない視点では、「言語は神が与えてくれた」という言語神授説を継承していると思います。それゆえ、逆説的にいえば、18世紀以降の不連続理論は、言語神授説からの脱却として展開されてきた、ともいえるでしょう。


◆18~19世紀

●ドイツの哲学者・文学者、ヨーハン・ゴットフリート・ヘルダー(Johann Gottfried Herder17441803は、牧師で統計学者、ヨハン・ペーター・ジュスミルヒ(Johann Peter Süßmilch)の言語神授説を厳しく否定し、「言語を人間によってのみ作り出されたものである」と述べています。続けて「もし言語がなければ、人間にとって理性はありえなかった。そういうわけで、言語の発明は、人間にとって理性の使用と同じほど自然で、古く、根源的で、特質を示すものであった」とも主張しています(言語起源論:Abhandlungfiber den Ursprung der Sprache1772)

●ドイツの言語学者、ヴィルヘルム・フォン・フンボルト(Wilhelm von Humboldt, 17671835も、「言語は人間そのものに属し、人間の本質以外に何の源も持たないし、知らない」(Gesammelte Schriften, 1903-36)と述べ、言語を人間と一体のものとしている点において、ヘルダーの理念を受け継いでいます。

●イギリスの自然科学者・生物学者、チャールズ・ロバート・ダーウィン(Charles Darwin, 1809–1882は、「分節言語(音素とその対象の組み合わせ:筆者注)は人間固有である」としたうえで、「人間を他の動物から区別するのは、単なる分節化する能力ではない。というのも誰でも知っているように、オウムは話すことができるからだ。だが人間には、特定の音を特定の観念に結びつける大きな力がある。そして、このことは明らかに心的能力の発達に依存している」と述べています(The Descent of Man.1871)。

ダーウィンの理論は神授説とは対立する自然主義的な視点ですが、下等動物から人間にいたるまでの漸進的な進化(連続性理論)を想定したうえで、心的能力の発達で特定の音と特定の観念とが結びついた言語を人間固有のものと見ているのです。


◆20世紀

20世紀に入ると、人類の言語は他の生物とは異なる独自の特徴を持っており、特定の時点で急速に進化した、という理論が登場してきます。

●この主張を代表する、アメリカの言語哲学者、A.N.チョムスキー(Avram Noam Chomsky,1928–は、「言語能力は種に特有の特性であり、動物界には本質的な類似物が存在しないように見える」(The Minimalist Program,1995)と書いたうえで、「言語は、人間が510万年前のある時点で、突如一瞬の間に獲得した生物学的機能だということが判明した」とも述べています(講演会・第1回「言語の構成原理再考」:2014.3.5)。

●もっとも近年になると、チョムスキー自身もアメリカの進化生物学者・マーク・D・ハウザー(Marc D. Hauser1959~)W・テカムセ・フィッチ(William Tecumseh Fitch1963)との共作で、生物の言語能力という概念を二重化し、「広義の言語能力(faculty of language  broad sense, FLB)」と「狭義の言語能力(faculty of language narrow sense, FLN)」に区別したうえで、「広義の言語能力」は人間と他の動物が共有しているが、「狭義の言語能力」は人間のみが有している言語能力である、と述べています(The faculty of language: what is it, who has it, and how did it evolve ?2012)。

●このような主張は、「動物起源論連続性理論」と「言語神授説不連続性理論」の対立を埋める方向ともいえるでしょう。

以上のように、言語神授説の否定から始まった不連続性理論は、人類特有の言語能力を認める立場を次第に統合化しようとしています。

2025年7月3日木曜日

言語起源論を振り返る・・・➁不連続性理論

言語の起源について、前回までの「動物起源論連続性理論」に続き、今回からはその反論となる「言語神授説不連続性理論」を展望していきます。


不連続理論は「人類の言語機能は突然出現したもの」という理論ですが、遡れば「言語は神が与えてくれた」説に始まり、下りくれば「言語は突然変異で生まれた」説に繋がっている、と思います。

 ●古代社会

古代では「言語は神々によって与えられた」という発想が広がっていたようです。

●例えばエジプト神話では、知恵の神トート(Thothが文字の発明者、言語の創造者、神々の筆記者、通訳者、助言者などであった、とされています。

古代イスラエルの「旧約聖書」では、神から命名権を与えられた最初の人間がアダムだった、とされています。「主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。人がすべて生き物に与える名は、その名となるのであった」(創世記219節:YouVersion訳)というのです。

●中世社会

中世ではキリスト教的世界観の拡大によって、神授説が明確化したようです。

ローマ帝国の神学者、アウグスティヌスSt. Augustine, 354430)は、自分自身の幼児期の言語習得について回想しつつ、「言語は神からの贈り物であり、人間の霊的成長とともに発展する」と述べています(告白:Confessiones, Book I

中世イタリアの神学者、トマス・アクィナスThomas Aquinas, 122574)も「言語の起源を神の理性の反映とみなし、言葉は神の摂理に基づいて創られた」と述べています(神学大全:Summa Theologiae)。

●近代社会

近代でも、言語神授説はさまざまな形で提唱されています。

ベルリンの王立学術アカデミー会員、ヨハン・ペーター・ズュースミルヒJohann Peter Süssmilch1707-67)が、1756年に行った講演『最初の言語が人間でなく創造主のみにその起源をもつことを証明する試み』の中で、言語は神によって創造された、という「言語神授説」を唱え、大きな反響をよびました。彼はプロテスタントの牧師でありながら、人口統計学の先駆者とも称えられています。

フランスの言語学者、ニコラス・ボーゼNicolas Beauzée1717~1789 ) も、「最初の言語を自然的と想定することは、自然というものの恒常的で統一的なありかたとも相容れないもうひとつの考えである。したがって、神みずからが、最初の二人の人問にかけがえのない話す能カを与えただけでは満足せず、生まれたばかりの社会の要求に必要な語と言いまわしを考えだす欲望と技術を、彼らに直接ふきこむことによって、話す能力をすぐさま十全に開花させたのである」とも述べています(Grammaire Generale1767)。

ところが、19世紀に入ると、科学的思考の拡大とともに、言語神授説は次第に否定されるようになり、入れ替わるように不連続理論が広がってきます。

合理的な変化のように思われるかもしれませんが、この変化は時代識知、つまり世界を理解する精神構造が「リリジョン(宗教)」から「サイエンス(科学)」へ変化したことに由来している、と思います。