2025年6月23日月曜日

動物起源論の最先端は?

言語の起源として「動物起源論連続性理論」を振り返ってきましたが、この理論の最先端はどうなっているのでしょうか。202324年の状況を確かめておきましょう。


●スイスの比較言語学者、M.ルルー(Maël Leroux)らは「チンパンジーは驚く時には“アラームヒュー”を発し、攻撃や狩猟をよびかける時には“ワーバー”を鳴らす。・・・アラームヒューとワーバーは、通話の組み合わせの意味がその部分の意味から導かれる、構成的な構文のような構造を表していると推定できる。・・・このような構成構造が人間の系統で新たに進化したものではなく、チンパンジーという共通祖先に存在していた可能性があることを示唆している」と述べています。
Call combinations and compositional processing in wild chimpanzeesNature Communications,2023.5


●同じくスイスの動物行動学者、S.エンゲッサー(Sabrina Engesserらの研究チームは「意味のない音の組み合わせを並べ替えることで新たな意味を生み出す能力は、言語の基本的な要素である。動物の発声はしばしば無意味な音響要素の組み合わせから成り立っているが、オーストラリアの鳥であるバブラーの鳴き声を分析したところ、意味のない音を並べ替えて新たな信号を作り出す能力は、人間の外部で発生していることが明らかになった。音素の対比は、音素構造の初歩的な形式を表しており、人間の言語の生成的な音素システムへの潜在的な初期ステップであることを示唆している」と述べています。
The power of sound: unravelling how acoustic communication shapes group dynamicsTHE ROYAL SOCIETY,2024.10

●アメリカの行動生態学者、M.パルド(Mickey Pardoらは、約100頭のゾウが親子や兄弟などに発した鳴き声の音量や周波数などを人工知能(AI)で分析した結果、「ゾウにはそれぞれの名前があり、それを使ってお互いに呼び合うという証拠が見つかった。ゾウという動物は互いに話し合うことが知られているごく少数の種の1つであり、動物の知能と言語の進化的起源に関する科学者の理解に重要な意味を持つ」と主張しています。
Every Elephant Has Its Own Name:Nature Ecology and Evolution:2024.6

●日本の動物学者でも、「動物言語学」を提唱している鈴木俊貴らは「鳥類の言葉には人間の言語と同様に文法がある」と主張しています。「言語は私たちの祖先の単一の突然変異を通じて進化したという伝統的な信念にもかかわらず、蓄積された証拠は、人間の言語の根底にある多くの認知能力が人間以外の動物でも進化したことを示唆しています。例えば、鳥類や人間以外の霊長類のいくつかの種は、特定の発声を通じて概念的な意味を伝えたり、構文規則を使用して複数の意味を持つ呼び出しをシーケンスに組み合わせたりします」とも述べています。
The ‘after you’ gesture in a bird:Current Biology:2024.3

以上で挙げたように、「鳥類や哺乳類などの交信行動に、人類の言語活動の基盤が潜んでいる」という視点は、現在でも濃厚に主張されているようです。

2025年6月13日金曜日

言語起源論を振り返る・・・➀連続性理論

「言語」の進化過程を、深層言語象徴言語自然言語思考言語観念言語という、5つのプロセスで考えています。最初の深層言語はどのようにして生まれ、次の象徴言語へと進展してきたのでしょうか。

言語の起源については、18世紀の中頃から西欧諸国で議論されてきたようです。それ以来のさまざまな学説を調べてみると、幾つかの論点が浮上してきます。

第一は言語起源に関する基本的論点。言語の発生過程に関する、根本的な視点としては、「動物起源論➔連続性理論」と「言語神授説➔不連続性理論」の2つがあります。

今回はまず動物起源論➔連続性理論(Linguistic Continuity Theoryを振り返ります。

人類の言語は動物類における、さまざまな前言語的なコミュニケーションから発展した、という視点です。主な主張を挙げておきましょう。

●18世紀にフランスの哲学者、E.B.コンディヤックÉtienne Bonnot de Condillac:1714~ 1780)は、言葉=記号を偶然的記号(les signes accidentels)、自然的記号(les signes naturels)、制度的記号(lessignes dinstitution)の3つに分けたうえで、偶然的記号(一定の状況下で何らかの観念とたまたま結合された対象)や自然的記号(喜怒哀楽などの感情を表出するために、自然が定めた叫び)の2つは、人も獣も用いるのであり、その使用については重なる部分が少なからずある、と述べています(人間認識起源論:1746)。

●同じくフランスの哲学者で医師のL.メトリLa Mettrie :17091751)も「動物から人間へ、この推移は急激ではない」と述べつつも、人間と猿のような動物との間に連続性を認めています( L'homme-machine:人間機械論:1747)。

●19世紀になると、イギリスの自然科学者、C.ダーウィン (Charles Darwin18091882)が「人間と低等動物における感情の表現は、多くの点で同じであり、いくつかのケースでは、感情の強度においても、人間と動物の表現は驚くほど類似している」と述べ、「低等動物の声や発する音は、感情や精神状態を表現するために、人間と同じ方法で使われている」とも書いています(The Expression of the Emotions in Man and Animals, 1872)

●ドイツの言語学者、A.シュライヒャー (August Schleicher1821~1868)も、ダーウィンの進化論に影響を受けて、言語も「自然の産物」であり、生物のように進化するという考えを示し、「言語は一つの有機体である。それは人間によってのみ存在するが、人間の意志によって作られたものではない」と述べています(Schleicher, Die Darwin’sche Theorie und die Sprachwissenschaft,1863)

●20世紀に入ると、アメリカの神経人類学者、T.ディーコンTerrence Deacon1950)が「言語は無から生じたのではない。・・・それは他の動物と共有する既存の精神的能力から、徐々に進化したものだ」と述べています(The Symbolic Species1997)

●またアメリカの認知心理学者、M.トマセロMichael Tomasello1950~)も「人間の言語的コミュニケーションは、言語固有のものというより、他の霊長類とも共有しているより単純な形の社会的・認知的スキルの上に築かれている」と主張しています(Origins of Human Communication2008)。

●日本の動物行動学者、岡ノ谷一夫1959~)も「言語はヒトに特有な行動だが、言語の起源を生物学的に理解するためには、【言語を構成する下位機能は動物とヒトで共通であり共通の神経解剖学的基盤を持つ】と仮定する必要がある」と主張し、「言語起源の前適応説」と名づけています(言語起源の生物学的シナリオ:認知神経科学122010)。

以上のように、人類の言語は動物類における前言語的なコミュニケーションから徐々に進展したものという視点は、18世紀に始まり現在でもなお支持されているようです。

果たしてこれは正しい論説なのでしょうか。最先端の意見も参照しておきましょう。