2024年11月28日木曜日

互酬“性”から互酬“制”へ!

このブログでは、互酬制度を「互酬“制”」と表現してきました。

ところが、何人かの読者から、「互酬制」ではなく、「互酬性」と書くべきではないか、とのご意見をいただきました。

確かに辞書や百科事典などでは、「互酬性」という表現が一般的です。

「互酬性・・・英語reciprocityなどの訳。ものを与えたり受け取ったりすることは一つの社会関係に入ることであり,そこに働く原理を互酬性という」(平凡社:百科事典マイペディア)

「互酬性・・・個人が他人を助ければ、必ず相手もこれに応えてくれるという期待によって成立する相互作用をいう文化人類学の用語」(小学館:精選版日本国語大辞典)

「互酬性・・・互恵性ともいう。人類学において,贈答・交換が成立する原則の一つとみなされる概念」(ブリタニカジャパン:ブリタニカ国際大百科事典)

なるほど「互酬“性”」と書くのが適切なのかもしれません。

もっとも、この言葉は英語の「reciprocity」に基づくもので、英語辞書では次のように訳されています。

reciprocity ・・・1・相互依存;相互関係;交換 2・相互利益,互恵主義」(小学館:プログレッシブ英和中辞典)

reciprocity ・・・相互主義。互恵主義。相互利益」(小学館:デジタル大辞泉)

reciprocity ・・・()相互取引 相互性 相互関係 相互主義 互恵主義 相互作用 相互互恵 相互利益 相互依存の関係[状態互恵関係」(日外アソシエーツ:英和用語・用例辞典)

これらの辞書では「互酬性」という訳語は使われていません。しかし、この英語に文化人類学などが「互酬“性”」という日本語を当てたのは、「」という言葉の意味を次のように解釈していたからだと思います。

「性(せい)・・・[接尾]名詞の下に付いて、物事の性質・傾向を表す」(小学館:デジタル大辞泉)

「性(せい)・・・名詞の下に添えて、その性質や傾向があることを表す言葉。動物―、可能―」(国語辞典オンライン)

つまり、互恵、互助など互いに助け合う行動と同様の傾向を意味するものとして、「性」という言葉を当てたものと思われます。 

しかし、本ブログで展開している「互酬」は、単なる行動傾向ではありません。

このブログで主張している「互酬“制”」とは「人間一人一人が、生涯を生き抜くための、基本的な生活資源を、他人との間で補い合う仕組み」という意味です。単なる「行動」次元を超えて、人間相互間の行動の「しくみ」を意味しています。

それゆえ、「性」ではなく、「制」を使っているのです。

」とは次のような意味を持っています。

「制・・・秩序づける枠。きまり。:制度・制服/王制・学制・旧制・体制・法制」(小学館:デジタル大辞泉)

「制・・・とりきめ。おきて。とり締まる」(漢字辞典オンライン)

「制・・・のり。おきて。さだめ。制度。法度。禁制」(小学館:精選版日本国語大辞典)

 以上のような視点に立つと、【互酬制の歴史を振り返る!】で述べた推移とともに、「互恵“性”」から「互恵“制”」への変化が進んできたことが推察されます。


つまり、血縁集団や地縁共同体の内部では「互酬“性”」であったものが、社会共同体や国家共同体などでは「互酬“制”」へと、次第に変化してきた、という推移です。

このような視点から、当ブログでは「互酬“性”」ではなく、「互酬“制”」という表現を使って行きたい、と思います。

2024年11月19日火曜日

グローバル・レシプロシティーの条件を考える!

互酬制の形態を歴史的に振り返りつつ、今後の展望として、地域や国家を超えた互酬制度の方向を考えています。

下図に示したような推移を基に将来を展望すると、地球レベルの「グローバル・レシプロシティー」はいかなる方向へ向かうべきなのか、幾つかの条件が浮上してきます。

上図から浮上してくるのは、以下のような変化です。

➀制度次元・・・互酬を運営する仕組み、つまり互酬制度は、血縁、地縁、職縁などを基盤とする相互集団から、国民全体の相互扶助(年金、ベーシックインカム)を仲介する国家へと移行してきました。

これとともに、慣習的あるいは伝統的な仕組みであった「互酬」制度は、国政・行政的な「再配分」制度の要素を深めてきました。

➁互助行動者次元・・・互助を行う人間の単位もまた、家族、血族、地縁者、同業者などの「地縁人」から、国民や公民という「観念人」に移行してきました。

これによって、互助という仕組み自体も、相互扶助という協力関係から、国家による制度的援助へと変化しました。

③互助内容次元・・・互助行動の中味は、食糧・衣料など生活資源の提供、作業や介護など労働の提供、儀礼や交際など接遇の提供に始まり、生活資金や保険対応などの金銭提供を経て、生涯資金や最低生活費などの資金提供に至っています。

互酬基盤が地縁から国家へと移行するにつれて、互助の内容もまた、多様な互助関係から金銭的な支援関係へと変わってきています。

以上のような変化によって、互酬制度の基盤である「相互扶助」という精神性もまた、大きく変わりました。

互酬組織が家族・親族・同族集団から、村落や地域の居住集団、組合員や同業者などの就業集団を経て、国民という集団や政府という国家組織に代替された結果、「知縁」的な協力関係、つまり「助け合い」度は急速に薄れてしまったのです。

とすれば、今後の互助制度として、グローバル・レシプロシティーを構想する場合にも、次のような課題が浮かび上がってきます。

❶知縁関係の復活・・・地球単位の扶助関係を構築する前提として、何らかの方法で個々人の間の知縁を確保し、濃密化することが求められる(例:グローバル・ネットワークの応用)。

❷互助精神の復活・・・互酬制の本質である「互いに助け合う」という精神性を復活するため、世界各地の生活環境や生活水準などを周知させ、相互の理解を深めることが求められる。

❸互助内容の集中化・・・物質的な扶助やサービス的な扶助は国家など任せ、ベーシックインカムとして生活資金の互助に集中する。

このような基本条件を前提に、グローバル・レシプロシティーの構想を考えてみると、世界的な組織の創り方、財源、配布方法などの方向が朧気ながらも浮かんできます。

2024年11月9日土曜日

互酬制の歴史を振り返る!

互酬制や相互扶助に関する見解を、F.エンゲルスP.A.クロポトキンK.ポランニーなど、19~20世紀の著名思想家の立場から、ざっと眺めてきました。

さらに、アメリカの文化人類学者、M.サーリンズの互酬関係の3分類(一般的互酬性・均衡互酬性・否定的互酬性・・・『石器時代の経済学』)なども参考にしつつ、互酬制の定義と形態を歴史的な視点から、改めて考えてみました。

まずは当ブログで思考している「Global Reciprocity:地球的互助制」で、最も基本となるのは互酬制」の定義です。

ここで検討する「互酬制」とは、「地球上に生まれてきた人間一人が、生涯を生き抜くための、基本的な生活資源を、他人との間で補い合う仕組み」と規定します。

そのうえで、これまでの人類史に現れた「互酬制」の先例を、集団的な次元で整理してみると、下表のようになります。

血縁集団

最も基本的な互酬団体として、世界各地でさまざまな制度が行われてきました。
日本では農山漁村でイッケ、カブウチ、マキ、クルワなどの同族集団、商人社会ではノーレンといった血縁集団において、互酬性が行われてきました。中国大陸でも宋代以後、「義荘」という名称で続けられてきたようです(平凡社・世界大百科事典旧版)。
この次元では、家族・親族・同族など血縁関係が扶助担当となっています。

●地域共同体

多くの学者によって、さまざまな実例が紹介されています。

クラ交易(パプアニューギニア、トロブリアンド諸島・・・B.マリノフスキーの『西太平洋の遠洋航海者』1922

ポトラッチ(北米・北西沿岸インディアン諸族・・・M.モースの『贈与論』1925)

クラールランド制度(アフガニスタン・ヒンドゥークシュ山脈民族カフィール族・・・L.P.メア,An African Ponte in the Twentieth Century1904)

このほか、日本ではユイ・頼母子・無尽講などが、朝鮮半島では「」が、台湾本島原住民アミ族でも「頼母子」などが行われてきました(小学館・日本大百科全書)。

この次元では、村落居住者や地域居住者など、特定地域の住民同士が扶助担当となっています。

●社会共同体

中世ヨーロッパ都市におけるギルド(職業別組合)や、近代以降の世界各地で生まれた友愛組合・共済組合・労働組合・協同組合などが挙げられます(平凡社・改訂新版 世界大百科事典)。

この次元では、同業者組合員などが扶助担当となっています。

●国家

国家がそれ自体として互酬制に関わるのは、年金制度ベーシックインカムです。

1889年にドイツ帝国が始めた、民間人の強制加入による年金制度は、20世紀には各国に広がり、国家主導の互酬制として定着しています(世界史の窓)。

また近年では、租税を財源とするベーシックインカム制が、ヨーロッパ諸国で試行され始めています。

この次元では、一人一人の個人を越えて、その集団を意味する国家という団体が扶助担当となっています。

国民集団政府そのものが、扶助を保証しているといってもいいでしょう。

以上のような推移を歴史的に振り返ると、今後の展望として、地域や国家を超えた互助制度の方向が浮かんでくるようです。

いかなるものなのか、さらに考察していきましょう。