(詳細については拙著『人口波動で未来を読む』や『日本人はどこまで減るか』で詳説していますので、以下では要点を書くことにします。)
5番めの波は、西暦1800年前後から現代を経て21世紀の後半に至る人口波動です。
歴史学の区分では、江戸時代後期から明治・大正・昭和の3代を経て、平成から21世紀に至る約250年間に相当します。
この波動の開始当時、気候はなお寒冷化へ向かっていました。それにもかかわらず、人口容量が拡大し始めたのは、この時期に始まった初期的な工業化(プロト工業化)のおかげでした。
西日本の有力諸藩、いわゆる西南雄藩では、すでに17世紀中葉から西欧の科学技術を導入していましたが、18世紀に入るとそれらを積極的に応用して、都市や農村で手工業を拡大させました。
この動きは次第に瀬戸内海周辺や近畿地方へも波及し、さらには東国へも伝播しました。
それに伴って人口は徐々に拡大し、1830年前後には3263万人と農業後波のピークを超え、明治維新前後には3540万人へ達します。
維新後になると、初期的な工業化は本格的な工業化へと進み、間もなく「加工貿易文明」へと発展していきます。
この文明は、西欧から導入された近代的な工業技術を基礎に、日本型資本主義と国際交流体制を加えた、3つの要素からできあがっていました。
以下では、その形成過程と飽和過程を眺めてみましょう。
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