2018年7月19日木曜日

oscillations・・・初めは「人口擺動」と訳されていた!

マルサスの提起した「oscillations」という言葉は、明治~昭和前期には「擺動(はいどう=揺れ動くこと)と訳されていたようです。「人口波動」ではなく「人口擺動」だったのです。

最も初期の翻訳の一つ『人口論』(三上正毅訳、日進堂、1910年=明治43年)では「幸福に関する動と反動は常に反復しつつある」と「反復」と訳されていました。

その後は次第に「擺動」という訳語が定着したようで、戦後間もなく発刊された『各版對照 マルサス人口論』(吉田秀夫訳、春秋社、1948年=昭和23年)においても、「短期間の後に、幸福に関しての同じ後退前進の運動が繰返されるのである。この種の擺動はおそらく普通の人にははっきりと見えないであろう」と訳されています。

このためか、マルサスの「人口波動」理論に、日本で初めて取り組んだ南亮三郎もまた、論文「マルサスの人口理論」(小樽高商『商学討究』第9巻中下合冊、1934年=昭和9年)の中で、「マルサスの人口理論は、發展の理念の上に立てる人口の周期的擺動の理論であつた」と述べています。

この訳語はそのまま継続し、南もまた、昭和10年代に発表した『人口理論と人口問題』(千倉書房、1940年=昭和15年)においても、人口の動きを「進展と逆転との周期的な擺動を反復」するものと述べ、さらに『人口原理の研究・人口学建設への一構想』(千倉書房1943年=昭和18年)でも「人口擺動の理論」とよんで、これこそマルサス人口論の本体であると書いています。

さらに南は『人口原理の確立者一トーマス・ロバート・マルサス』(三省堂、1944年=昭和19年)の中で、「人口の進展及び逆転の不断の反復・・・一言にして人口の周期的な擺動oscillations を科学的な思考形式に表現したものがマルサスの人口理論である」と述べたうえで、「私はこれを『人口擺動の理論』と名付け、マルサスによって発展せしめられた近代的人口理論の頂點を成すものと見るのである」と明確に書いています。

ところが、第2次世界大戦を挟んで、1960年代=昭和30年代後半になると、「人口擺動」は「人口波動」に変えられたようです。

南もまた「人口の波と人口様式の史的発展」(商学討究:小樽商科大学、1962年=昭和37年)の中で、「原始社会のこの人口波動は、生物界に観察されるごく通常の波型の運動に類している」とし、「擺動」から「波動」に変えています。

そして『人口思想史』(千倉書房、1963年=昭和38年)においては、「人口波動の理論」と明確に変更しています。

以上のように見てくると、マルサスのoscillationsという言葉は、1960年を境として「人口擺動」から「人口波動」という訳語に変えられたのです。

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